サイエンス

熱膨張を起こさない金属「インバー」の100年以上にわたる謎が解明される


熱膨張」とは、温度が上がると膨張し、温度が下がると収縮する特性です。金属や木材などの固体や液体、気体は基本的にこの特性を持っています。しかし、鉄とニッケルを一定の割合で組み合わせた「インバー」と呼ばれる合金は、熱膨張をほとんど起こさないことが知られていましたが、その原理は明らかにされていませんでした。カリフォルニア工科大学の材料科学者であるブレント・フルツ氏らの研究チームが、インバーが熱膨張を起こさない原理について解明しました。

A thermodynamic explanation of the Invar effect | Nature Physics
https://doi.org/10.1038/s41567-023-02142-z


Some Alloys Don't Change Size When Heated. We Now Know Why. | www.caltech.edu
https://www.caltech.edu/about/news/some-alloys-dont-change-size-when-heated-we-now-know-why

Some alloys don't change size when heated, and we now know why
https://phys.org/news/2023-07-alloys-dont-size.html

熱膨張は、温度が上昇するにつれて材料の原子が激しく振動することで発生する現象です。原子が強く振動するほど、これらの原子は隣接する原子から押しのけられ、原子間の空間が拡大します。その結果、材料の密度が低下し全体的なサイズは大きくなります。

暑い日などでは熱膨張が発生し、建造物が折れ曲がって破損する危険性があるため、線路の敷設や橋、建物の建造の際には、熱膨張の特性を念頭に置いた余裕のある設計が行われています。


一方で、1895年に発見されたインバーは、あらゆる温度でもサイズや密度がほとんど変化しません。カリフォルニア大学のステファン・ローハウス氏は「熱膨張しないインバーが発見されたことは、おそらく前代未聞のことでした」と述べています。

熱膨張の特性をほとんど持たないインバーは、時計や望遠鏡、液化天然ガスの輸送船のタンクなどの用途で使用されています。しかし、インバーがなぜ熱膨張の特性を持たないかは、これまで明らかにされていませんでした。


これまでの研究で、熱膨張は熱力学における中心概念の「エントロピー」に関係することが明らかになっています。エントロピーとは、あるにおける原子の位置の温度の違いによる無秩序さの尺度です。温度が上昇するにつれて、系のエントロピーも増大すると考えられています

温度の上昇に伴うエントロピーの増大は、基本的に普遍的なものと考えられているため、インバーが熱膨張を起こさないことを説明するためには、エントロピーの増大による熱膨張を打ち消すための要因を説明する必要がありました。


ローハウス氏は「これまで強磁性である特定の合金だけがインバーとして扱われてきました。そのため、熱膨張と強磁性の間に何らかの関係があるのではないかと長年疑われてきました」と述べています。

フルツ氏らの研究チームは、磁性と原子の振動の両方を測定できる実験装置を用いて、インバーの原子振動と、温度を上げたときの電子のスピン状態を観察しました。

温度が低いときは、インバー内で同じスピン状態を共有する電子が多くなり、反発しあうことで原子を外側に押しやる力が働きます。一方で、温度を上げると、一部の電子のスピン状態が反転するようになりました。その結果、電子は隣の電子と反発しあうことはなくなり、電子同士が寄り添うことで収縮するようになります。しかし、温度が上がるにつれて、インバーの原子は振動が大きくなって膨張を始めます。インバーにおける収縮と膨張が微妙なバランスで発生することで、結果的にインバーの大きさが変化することはありませんでした。


研究チームによるこの発見は、原子が振動する周波数が磁性によって変化する場所など、振動と磁性の間の相互作用によってこのバランスがどのように役立つかを明らかにしました。この発見はまた、他の磁性材料における熱膨張の理解や、磁気を使った冷凍材料の開発につながるとも期待されています。

ローハウス氏は「今回の我々の研究は、100年以上にわたる科学界の謎を解き明かすことができた重要な発見です。これまでに磁性がどのように物体の収縮を引き起こすかを示そうとしている何千もの研究が報告されてきましたが、インバーにおける熱膨張が発生しない要因についての説明はありませんでした」と述べています。

この記事のタイトルとURLをコピーする

・関連記事
回路基板などのゴミから効率的に金やプラチナを回収できるポリマーが開発される - GIGAZINE

リチウムイオンバッテリーが劣化するメカニズムが解明される - GIGAZINE

腐食しにくく強度もあるステンレス鋼の特性を保ったまま3Dプリントする方法が開発される - GIGAZINE

金属を雪の結晶風の構造に変化させる手法が開発される - GIGAZINE

常温常圧で「超電導」になる物質を合成したとする論文について科学雑誌Scienceが解説 - GIGAZINE

in サイエンス, Posted by log1r_ut

You can read the machine translated English article here.