インタビュー

大ヒット絵本をアニメ化した「映画 えんとつ町のプペル」の廣田裕介監督にインタビュー


西野亮廣さんの絵本を原作とした『映画 えんとつ町のプペル』が、2020年12月25日(金)に公開され、大ヒット上映中です。本作を監督したのはSTUDIO4℃の生え抜きスタッフで、長編映画の監督は本作が初となる廣田裕介さん。絵本として異例の大ヒットとなった作品にどう取り組んだのか、いろいろと質問してきました。

『映画 えんとつ町のプペル』公式サイト | 大ヒット上映中!
https://poupelle.com/

廣田裕介監督


GIGAZINE(以下、G):
廣田監督はこの『映画 えんとつ町のプペル』が初監督作品です。監督をしないかという話はいつごろ来たのでしょうか。

廣田裕介監督(以下、廣田):
2017年の冬くらいだったかな、ちょっと正確には覚えていないですが……。まずは呼び出されて「こういう絵本があるんだけど」と『えんとつ町のプペル』の絵本を見せてもらいました。僕も書店で見かけたことがあって、キングコングの西野さんの絵本だということは知っていました。すごく表紙が凝っていて、絵が魅力的だったので気になってはいたんですけど、実際に手に取って読んだことはありませんでした。


G:
ふむふむ。

廣田:
プロデューサーの田中から、「実はオファーが来ていて、映画を制作するけれど、監督としてどう?」と聞かれまして、僕は、長編映画を監督したことはなかったのですが、もともと映画を作りたいと思っていたので「ようやく話が来たか!」という気持ちでした。ただ、どんな話かというのは知らなかったので、まずは絵本を読ませていただいて「ちょっと考えます」と、しばらく時間をもらいました。

G:
実際に『えんとつ町のプペル』を読んでみてどうでしたか。

廣田:
素直に感動しました。僕もちょうど子どもができて親になったこともあって共感する部分があり、ジーンときました。前々から「子どもが楽しめる作品を作りたい」と思っていたので、これは自分にとって大きなチャンスだと。ただ当時、『プペル』はちょうど、西野さんが絵本の無料公開をするという件で話題になっていたところで……。

G:
ありましたね、炎上的な感じのが。

廣田:
あちこちから叩かれていたので「どうなんだろう」と思っていました。西野さんがどんな人かも知らないし、原作者としてどういったスタンスで関わられるかもわからず、ちょっと怖いなというイメージでした。そういうネットニュースの記事しか見ていませんでしたから。だから、実際に西野さんが書かれているブログや、ビジネス書「魔法のコンパス 道なき道の歩き方」とか、『えんとつ町のプペル』より前に描いた絵本とかを調べて読んでみたら。そうやって、一部だけ切り取られる前のものを読むと納得するところもあって、「イメージと違ってすごく真面目に作品に取り組んでいる方なんだ」と思いました。


廣田:
そこで、「顔合わせみたいな形で話して、お互い気に食わなかったらなしにしよう」という田中の提案もあって、実際に話す場を設けさせてもらいました。

G:
西野さんと会ってみて、どうでした?

廣田:
会ってみると、悪いイメージはまったくなくて、作品作りやエンターテインメントにものすごく真剣に取り組んでいる人でした。「ディズニーを倒す」は当時から言っていて、そこに向けて本気でやっているという姿勢を感じました。僕も感嘆したというか、素晴らしいと思い「ぜひ一緒にやれれば」と。これは、素晴らしい作品が作れるんじゃないかと思いました。

G:
映画への西野さんの関わりは、どういった形なのでしょうか。

廣田:
『えんとつ町のプペル』の絵本を読んだ時点で、「映画のボリュームにはまだ全然足りない」と思いました。そこが気になって西野さんに話を聞いたら「実は『えんとつ町のプペル』にはもっと大きなストーリーがあるんです。絵本はその一部なんです」「映画のシナリオを僕が書きたいです」と言われました。西野さんが『えんとつ町のプペル』の絵本を描く前に書いていたシナリオがあり、それを「今回は映画のためにガラッと作り替えたい」ということだったので、「こういう要素を入れた方がいいんじゃないか」と何度か打ち合わせをさせていただきました。


廣田:
どういう時間軸だったかちょっと危ういんですが、西野さんとは2週間に1回お会いしながら、合計で半年くらいシナリオを練りました。会うたびに西野さんがシナリオを書き直してきて、それをみんなで確認しながら「ここをもう少しこうしたらいいんじゃないか」などアイデアを出し合って、また西野さんが書き直して、という繰り返しです。最終的に15稿くらいまで重ねてようやく脱稿しました。

G:
シナリオは相当な分量だったと聞きました。

廣田:
90分という尺で想定して作っていて、それを考えるとページ数的には相応だったのですが、セリフの量は多かったです。これは西野さんならではだと思うんですけど、『映画 えんとつ町のプペル』にはセリフの掛け合いがかなりあるので、シナリオを読ませていただいた時に「テンポがすごく重要だな」と思ったんです。なので、いいテンポを作るために、カット割りを結構増やす必要があるなと。そういう演出をしていこうと思って、絵コンテを作っていったおかげで、2000カット近くになってしまったというわけです。絵コンテは僕1人で描いたわけではなくて、おもに3人で分担して描きました。

G:
制作の天田直也さんがインタビューで、1437カットあると答えていました。

廣田:
はい、最終的にはその数字になりました。

G:
2000近いカットから1437カットまで、どういった選別を行ったのですか?

廣田:
絵コンテを一度ビデオコンテの状態にして、編集の方に「2時間あるのを、1時間半にしたいんです」とご相談して編集していただきました。編集の方の目線で見てもらいながら、カットごとの尺を短くしていったり、ストーリーに大きな影響のないシーンをまるごと削ったりして、なんとか1400カットくらいに納めた感じでしたね。

G:
なるほど。廣田監督はSTUDIO4℃の生え抜きだということですが、いろいろなアニメーション制作会社がある中で、なぜSTUDIO4℃だったのですか?

廣田:
僕は、大学の理工学部で流体力学の勉強をしていましたが、その方向で就職するのには戸惑いがあったんです。絵を描いたりするのがすごく好きだったけれど「絵で食っていく自身はないな」とも思っていて。でも、ちょうど20年ほど前にピクサーが『トイ・ストーリー』をCGで作ったりして、「CGで映像を作る」というのが世に出はじめました。それで「CGだったら食っていけるんじゃないか」と思って、デジタルハリウッドに行ってCGの勉強をしました。CGを使っての絵作りとか、映像作りに携わるという道なら、いけるんじゃないかと思ったんですね。


G:
なるほど。大学で流体力学を学んでいる時から、PCには割と慣れ親しんでいたんですか。

廣田:
そうですね。当時「花子」というソフトや、ドットで絵を描くソフトとかをいじったりしていて、面白いなと思っていて、CGの道にチャレンジしてみたいなと。

G:
それで大学からデジハリに行って、デジハリからSTUDIO4℃に入ったんですね。

廣田:
はい。そうですね。

G:
廣田監督が入社したころのSTUDIO4℃はどんな会社でしたか?

廣田:
僕が入社したのはSTUDIO4℃が『アリーテ姫』を公開したころでした。僕はアニメ会社というよりは、CGを使ってかっこいい映像を作っている会社に、スタッフを募集しているかどうか調べもしないで片っ端から自分の作ったポートフォリオや映像作品を送りつけていたんですよ。その中でSTUDIO4℃は唯一のアニメ会社でした。


G:
なるほど、そういうことだったんですね。本作はちょうど新型コロナウイルスの影響を受ける中での制作となり、リモートがメインになったと聞きました。実際に『プペル』を全編3DCGで制作していくなかで、監督から見て、リモートになって良かった点と困った点を教えてください。

廣田:
良かった点は、通勤時間が省けるし、家にいながら深夜とか好きな時間に作業ができたことですね。うちの子どもをどうしても妻が見られない時間でも、子どもと一緒に家にいられましたし、時間を有効に使えるというところは一番のメリットだなと思いました。それ以前に、フル3D作品だったので、データでのやりとりだけで済んだのは救いでした。作画だと実物(紙に描かれた絵)をやりとりしなくてはならないので、弊害は大きかったと思います。

G:
逆に困った点というのは何かあったんですか。

廣田:
リモートだと正確な色が確認できなくて困りました。社内だと、マスターモニターという「このモニターの色を基準に作っていきましょう」というモニターを決めているんですけど、リモートだと色数の情報量が減っちゃうので、正確な色がチェックできなかったです。あと、音もリモートで聞くと遅れて聞こえたりとか、途中でブツッと切れてしまったりするので困りました。そういうチェックができないところはストレスでしたね。あとは、コミュニケーションですね。

G:
コミュニケーション。

廣田:
社内だと結構気軽に声がかけられるのに、リモートになるとZoomとかSkypeとか電話とか手段はたくさんあるはずなんだけど、僕と他の人の間に1個ハードルができちゃうというか、ストップがかかっちゃうというのか、「急に他の人からコミュニケーションされなくなったな」という印象があって。社内にいた時は結構気軽に話し合ったりしていたのでそこは困りました。

社内で作業する廣田監督


G:
コミュニケーションのしづらさを解消するために、監督から気をつけたことはありますか。

廣田:
僕からはSkypeとかで声をかけるようにはしていたんですけど。他の人から僕には聞きにくくなっちゃったんだろうなあと思いますね。

G:
「雑談が減ったから」という問題ではなく、何か一つ間に挟まったみたいな感じですか。

廣田:
そうですね。そんな感じですね。

G:
なるほど。確かに、色とか音の問題は技術的に解決できそうですけど、そういったコミュニケーションの問題を解決する方法はこれ以上となるとなかなか難しそうな。

廣田:
それを少しでも補うために、テレワーク組は、毎朝みんながお互いの顔を見せ合って「今日も1日頑張りましょう」みたいな感じで朝礼をして、日報も毎日書いていたんです。だけど、テレワークじゃない社内組もいて、田中や制作進行は社内組だったので、どうしてもそこを中心に回っていく部分があり、社内組だけでものすごい密なコミュニケーションをとって、テレワーク組は置いていかれちゃうみたいなことがありました。

G:
なるほど……。生え抜きだという監督から見て、「STUDIO4℃のこのあたりがすごいんだよ」という点はどういったところでしょうか。

廣田:
やっぱりSTUDIO4℃にいるスタッフは、みんなとことんやり込む人たちというか、純粋に作品作りが好き人たちが集まっているところです。適当に作品を作っているような人はいません。納期のギリギリまで少しでも高みを目指して粘り続ける先輩たちの背中を見てきていたので、「そういう姿勢が大事なんだな」と僕も影響を受けました。周りの人から「よくそこまでこだわるな」と言われるんですけど、自分としてはこだわっているつもりは全くなくて、「ここは当然やるべきところ」と思いながらやっていますね。


G:
監督がモデルの耳の穴の形にまでこだわると進まないので、途中から造形の方に全権限を任せて進めてもらったというような話も耳にしましたが、制作を取り仕切る田中プロデューサーとはそういった部分を巡って結構駆け引きがあるんですか?

廣田:
そうですね(笑) モデルに関しては方向性がある程度定まったところで、信頼しているチーフに任せることになりました。まあ、自分ではこだわりすぎているつもりはないのですが、「カメラのタイミングが違う」とか「目線がちょっと違う」とか、そういったチェックも「こだわりすぎ」と言われたりしましたね。それでもレイアウトだけは全てチェックさせてもらいました。

G:
こだわりすぎ。

廣田:
単純にチェックに時間がかかっているというか、制作から「1日40カットあげてくれ」と言われて「そりゃ無理だ」と。

G:
なるほど、制作からの指摘は時間的な観点なんですかね。

廣田:
そうですね。最初の部分に時間がかかると、後の作業にしわ寄せがいくんです。僕も監督をやる前はCGスタッフとして撮影も担当していたので、監督の遅さがすべて後の作業に影響してくるということは重々分かっているんです。だけど、いざやってみると、時間かかっちゃう(笑)

G:
実際に監督としてやってみて、時間がかかったのはどういう点でしたか?

廣田:
絵コンテやレイアウトといった、最初に一番考えないといけないところがやっぱり大変です。「どうしても時間がかかってしまうんだな」というのを実感しました。

G:
質を上げるためにはどうしても時間がかかるというイメージですか?

廣田:
もちろん時間がかかるのは、自分の経験不足から来るところも大いにあるとは思います。ですが、制作から「後で直していけばいいから、どんどん上げて」と言われても、時間がなくなったら後で直すことはできない、というのが経験上わかっていたので。これは今なおしておかないとこのままで終わるな、というところは出来るだけ先に直すようにしました。

G:
「そうはいっても無理だ」と。

廣田:
ええ。あとはCGモデルを作っている時に、そのモデルを実際にアニメーションで動かすんですけど、ここも最初の仕込みがやっぱりすごく重要なんです。骨の仕込みとか、骨に体がどう付いてくるかとか、モデルのシルエットとか、そういう最初の仕込み次第で作業効率に大きく影響するんです。もちろん段階的にモデルをバージョンアップしていく方法も取っているんですけど、どうしても最初の仕込みは手が抜けなくて時間のかかる作業だなと実感しました。特にCGだとそうなんですよ。作画だったら直したいところだけあとから直せるのですが、CGだとちょっと直すためだけにモデルをオーバーホールしなくてはならなかったり、直したら直したでそれ以外の部分にも影響が出てしまったりしてかえって面倒なことになるんです。

G:
作画は手で描いてしまえばいいから。

廣田:
そうですね。

G:
『映画 えんとつ町のプペル』の制作を進める中で、作業する前は「こんなのうまくいくのか?」と思っていたけど、実際に作業してみたら「想像していたよりもうまくできたぞ」という部分を教えてください。

廣田:
フル3DCGで映画というのは僕としてもSTUDIO4℃としても初めてでしたが、「フル3DCGで映画を作りたい」とずっと思っていた僕の中でも集大成の作品なので、キャラクターの造形や、動き、背景といったもののクオリティはこれまでで最高のできになったという手応えがあります。特にキャラの表情は、CGだと体温がなくなりがちなところを、うまくできたと思います。あとは背景ですね。ここに関しては想定以上の作業量となったのですが、結果的にとても良くなりました。

G:
なるほど。本日はいろいろお話いただきありがとうございました。

「映画 えんとつ町のプペル」のスタッフインタビュー、次はアニメーション監督・佐野雄太さんへのインタビューです。

・つづき
「ゴミ人間」を「人間っぽくない」動きにまとめ上げた「映画 えんとつ町のプペル」アニメーション監督・佐野雄太さんインタビュー - GIGAZINE

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in インタビュー,   映画,   アニメ, Posted by logc_nt

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