サイエンス

全身麻酔から目覚めるとき脳の「再起動」時間は領域ごとに差があるという研究結果


外科手術で全身麻酔を受けると、麻酔が切れたときに記憶障害のような状態になることがあります。いったい、脳は麻酔が切れてからどのように「再起動」しているのか、麻酔科医らが研究した論文が発表されました。

Recovery of consciousness and cognition after general anesthesia in humans | eLife
https://doi.org/10.7554/eLife.59525


ミシガン大学の麻酔科医ジョージ・A・マシュール氏らの研究チームは、実験参加者として集まった健康な成人60人のうち30人に対して全身麻酔をかけ、3時間後の覚醒直後と、以降30分ごとに反応速度や記憶などについての認知テストを行いました。残る30人には麻酔なしで同様の認知テストを受けてもらい、結果の補正に利用しています。

行われた認知テストは以下の6種類。

Motor Praxis Task(MP):画面上にランダムに表示される正方形をクリックするテスト。正方形はだんだんと小さくなり追跡が難しくなる。視覚皮質と感覚運動皮質の機能に依存する。
Psychomotor Vigilance Test(PVT):3分間、画面上にランダムに表示される視覚刺激に対する反応を測定する。十分に休息時間を取った後など、持続的注意のパフォーマンスが上がっているときは右前頭頂皮質が活動するが、睡眠不足などでパフォーマンス不足の時は「デフォルト・モード・ネットワーク」の働きが増加する。
Digit-Symbol Substitution Task(DSST):連続的に表示される記号を数字と対応させる。主に側頭葉、前頭葉、運動野が活動。
Fractal 2-Back(F2B):連続的に提示されるマンデルブロ集合が2つ前に提示されたものと同じ時に反応を返すテスト。前頭前野背外側部、帯状皮質、海馬が活性化する。
Visual Object Learning Test(VOLT):まず連続で表示された10個の図形を記憶。その後、同じ10個に類似した図形10個を追加した20個の図形が表示されるので、記憶した10個を選び出す。前頭葉、両側の前部内側側頭葉、海馬に依存する。
Abstract Matching(AM):色や形が変化する2組の図形が画面の左下と右下に示されており、画面上部に新たに表示される図形をルールに基づいて下側どちらかの組に分類していく。抽象性と認知の柔軟性を評価するテストで、前頭前野に依存する。

実験の結果、麻酔後は麻酔前に比べて、6種類すべての認知テストで精度・速度が低下したことが確認されました。

以下は、テスト結果の「精度」を図で示したもの。紫で示されているのが麻酔を受けた参加者、黒で示されているのが麻酔を受けなかった参加者の結果。左から右へ、麻酔から覚醒して30分ごとの結果が並んでいます。だいたい、麻酔を受けなかった参加者の結果があるところがベースラインで、そこから下に伸びるほど誤答が多かったということです。


以下は、テスト結果の「速度」を上図と同様の方式で示したもの。


こうした結果から、最初に「再起動」するのは抽象的な問題解決を制御する前頭前野などで、即座の反応や注意などを受け持つ領域は回復に時間がかかることがわかりました。

研究に参加したミシガン大学医学部のマックス・ケルツ氏は「最初は驚きましたが、進化の観点からすれば、高い認知能力が早期に回復する必要があるというのは理にかなっています。何らかの脅威があって目覚めたとき、前頭前皮質などの領域は、状況を分類して行動計画を立てることに重要だからです」と述べています。

なお、3時間あれば脳は麻酔を打たなかったグループと同レベルまで回復し、数日後には睡眠時間への影響もなくなったとのこと。ペンシルベニア大学医学部のマイケル・アビダン氏は「健康な人間の脳は、深い麻酔に長時間さらされても回復する力があることを示しています。臨床的には、麻酔や手術からの回復中にみられる『譫妄(せんもう)』などの認知障害の一部が、麻酔薬による効果以外の要因に起因する可能性があることを意味します」と述べました。

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in サイエンス, Posted by logc_nt

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