気候変動によって「ワインの味」が変わりつつある、ワイン生産者や科学者はどうやって変化に立ち向かっているのか?


近年では気候変動が人々の生活や農業など幅広い分野に影響を及ぼしていることが知られています。世界中の人々に親しまれている「ワイン」の味も気候変動の影響で変化しつつあるとのことで、海外メディアのArs Technicaがワイン専門の科学者や生産者を取材したレポートを公開しました。

Climate change is altering the chemistry of wine | Ars Technica
https://arstechnica.com/science/2022/06/climate-change-is-altering-the-chemistry-of-wine/

ワインは熟成したブドウを収穫し、搾った果汁をアルコール発酵・熟成させることで生産されています。生産者はワインの品質に影響するさまざまな化学的条件を分析し、ブドウ栽培や収穫の段階から目指すワインにとって最適なものを選択することで、高品質のワインを生産しています。ところが、近年では気候変動による気候の変化やそれに伴う山火事などの発生により、ワインの品質が大きく左右されているとのこと。


極端な気候変動はそもそもワインの元となるブドウの木を枯れさせてしまうことすらありますが、目には見えないブドウの果実の化学変化も大きな脅威となっています。ワインの品質を大きく左右するものとして、ブドウの光合成によって果実に蓄積される「糖度」、ブドウが熟すにつれて分解されていく「」、季節に応じて蓄積される「二次化合物」があります。二次化合物には赤ブドウに色味を与えて紫外線から保護するアントシアニンや、ワインに渋味をもたらし果実を害虫から保護するタンニンなどが含まれます。

これらのワインの風味に大きく関わっている成分は、ブドウの品種、栽培する場所の土壌や気候などに影響を受けており、気候変動は果実に含まれる糖分・酸・二次化合物のバランスを崩してしまう可能性があります。たとえば、ブドウは熟すにつれて酸を分解して糖分を蓄積していくため、より温暖な気候で栽培されたブドウは糖分が過剰になり、甘いレーズンのような果実になってしまいます。ワイン作りでは酵母が糖分を消費してアルコールを生産するため、甘い果実を使うとワインのアルコール含有量が高くなるそうで、実際に南フランスなど温暖な地域で作られたワインの方がアルコール度数が高い傾向にあるとのこと。


もちろん、最初から甘いワインを作ろうとしている生産者が甘い果実を使うことは問題ありませんが、しっかり酸味があるフルーティーなワインを作りたい生産者にとって、温暖化により果実の糖分が増加すると風味が損なわれてしまうという問題があります。また、アルコール度数が高すぎるとワインの繊細な風味が隠されてしまい、本来の味を感じにくくなるという問題もあるとのこと。ワシントン大学の食品化学者であるキャサリン・ロス氏は、温暖化が進むにつれて多くのワインが糖分含有量の多いブドウ品種の「ジンファンデル」に近づいており、「ピノ・ノワール」など冷涼な気候に向いた品種のよさを引き出すことが難しくなっていると指摘しました。

もし、ワインの風味が単に糖分と酸のバランスだけで決定されるのであれば、酸の分解と糖分の蓄積が進んでブドウが甘くなりすぎる前に収穫するといった解決策が取れます。しかし、ワインの風味にはアントシアニンやタンニンなどの二次化合物のバランスも重要であるため、農家は「二次化合物は少ないが糖分量が最適な段階でブドウを収穫する」か、あるいは「二次化合物はたっぷりだが糖分が多すぎる段階でブドウを収穫する」という苦しい選択に追い込まれてしまいます。

気候変動がワインの風味の変化を引き起こすことにより、ワインの生産者はさまざまな工夫や変更を余儀なくされていますが、ワインの風味の変化はソムリエたちにも影響を及ぼしています。すでに、ワインをテイスティングしてブドウの品種・生産年・生産地域の推測などを求められるマスターソムリエの認定試験がより難しくなったといわれており、年配のソムリエの中には「仮に、今からテイスティングの試験を受けろと言われても、合格するのは難しい」と認める人もいるそうです。


また、近年では気候変動による山火事も頻発していますが、ブドウの果実が山火事の煙にさらされることもワインの風味に大きな影響を及ぼします。木が燃えると発生する揮発性のフェノール性成分はブドウの表皮から内部に浸透し、ブドウの糖分と結合して配糖体(グリコシド)という化合物になります。グリコシドそのものは無臭ですが、アルコール発酵の過程でグリコシドが分解されるとフェノール性成分が現れ、煙の独特の風味を生み出してしまうとのこと。

これは「スモークテイント」と呼ばれ、ワイン生産者にとって大きな脅威となっています。たとえば2020年9月にワインの名産地として知られるカリフォルニア州・ナパで大規模な山火事が発生した際には、多くのブドウ農家が「うちの畑のブドウはワイン作りに使って大丈夫なのか、それとも収穫するべきではないのか」を知るために研究所へ分析を依頼し、最大6週間もの待ち時間が発生したそうです。この間、カリフォルニアワイン用ブドウの8%が腐敗したまま放置されていたとも伝えられています。

実際に、カリフォルニア大学デービス校のワイン化学者であるアニータ・オーバーホルスター氏の下を訪れたArs Technicaのライターたちは、研究所のワイナリーで保管されていた「普通のワイン」と「煙にさらされたブドウで作られたワイン」を飲み比べしました。非公式ながらブラインドテストを行ってみたところ、ワインの素人であるライターたちでもどちらが煙にさらされたブドウで作られたワインなのか判別できたとのこと。ライターたちはスモークテイントのあったワインについて、「キャンプファイアーのようなスモーキーさがある」「喉の奥に焦げ臭さを感じた」「焼けた木を飲んでいるよう」などとコメントしています。


ワイン専門の科学者やワイン生産者たちは気候変動による風味の変化に対処するため、さまざまな工夫や変更を行っています。たとえば、フランス南西部のボルドー一帯で生産されるボルドーワインでは、長年にわたりワイン作りに用いることができるブドウの品種を赤ワイン用の6種と白ワイン用の8種に制限してきました。ところが、近年では気候変動によるワインの風味の変化が問題となっていたため、2021年には新たに赤ワイン用に4品種、白ワイン用に2品種の使用をボルドーワイン委員会が承認しました。これらの品種はあくまで風味を補う補助的な使用に限定されており、最終ブレンドに占める割合を10%以下に抑えることなどが求められますが、伝統や文化に根ざすワイン作りにおいては大きな変化といえます。

また、これまでとは異なる品種に接ぎ木をしたり、太陽からの近赤外線の一部を防ぐフィルムでブドウの木を覆ったり、ブドウを縦につるすように栽培することで葉の日陰を作ったりと、科学者や生産者たちはさまざまな対策を考案しています。さらに山火事の煙でスモークテイントが発生したワインでも、適切なワインとブレンドすることで糖分を補い、市場に流通できるレベルに味を改善することも可能だとのこと。ナパの著名なワイン生産者であるアンディ・ベックストファー氏は、スモークテイントのワインを用いたブレンドワインについて「200ドル(約2万7000円)のワインにはならないかもしれませんが、40ドル(約5400円)のワインにはなることができます」と述べています。

「気候変動によるワインの味の変化は消費者のワイン離れを促すのでは?」という懸念もありますが、ナパやボルドーの赤ワインを対象にした研究では、過去60年間でワインの格付けは上昇していることが示されています。これは、「ワインの品質は17.3度の平均生育温度で最高に達する」という以前の予測を覆すものであり、ワイン生産者の努力で気候変動に抵抗できている可能性が示唆されています。ナパのワイン生産者であり、ブドウの木にシェードクロスをかけたり植える方角を変えたりして品質を調整しているというスティーブ・マティアソン氏は、「私たちは気候変動に適応できると思います。短期的には、私たちの学習ペースが気候変動のペースを上回っています」と述べました。

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in サイエンス,   , Posted by log1h_ik

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