サイエンス

夢の「室温超伝導」の論文はいかにして白紙になったのか


2022年9月26日に、科学誌・Natureが室温超伝導に関する2020年の論文を撤回しました。実現すれば浮かぶ自動車やリニアモーターカー、小型で安価な量子コンピューターなどさまざまな新技術に発展し、人類に産業革命をも超えるインパクトをもたらすと期待されていた室温超伝導の研究が否定された経緯について、アメリカ科学振興協会がまとめています。

‘Something is seriously wrong’: Room-temperature superconductivity study retracted | Science | AAAS
https://www.science.org/content/article/something-seriously-wrong-room-temperature-superconductivity-study-retracted

物質の電気抵抗がゼロになる超伝導は、発見当初は絶対零度に近い温度でしか実現できない現象でした。しかし、アメリカ・ロチェスター大学のランガ・ディアス氏らの研究チームは2020年10月の論文で、水素を豊富に含む水素化物に地球の中心部に近い高圧力をかけることで、超伝導が起きる温度を15度という室温にまで引き上げることに成功したことを報告しました。この室温超伝導の詳細については、以下の記事を読むとよく分かります。

100年以上も低温下の現象とされた「超伝導」を室温で発生させることに成功 - GIGAZINE

by Argonne National Laboratory

しかし、Natureは9月26日にディアス氏らの論文を撤回しました。9人いる論文の著者全員の反対を押し切って論文が撤回されるのは、異例のことだとされています。これについてディアス氏は「我々は自分たちの研究を支持していますし、その内容は実験的にも理論的にも検証がなされています」と話しました。また、ネバダ大学ラスベガス校の物理学者で論文のもう1人の主要な著者であるアシュカン・サラマット氏は、今回の撤回が超伝導の要点である電気抵抗の低下について疑問を呈していないことを指摘した上で、「我々はNatureの編集委員会の決定に困惑し、失望しています」と述べました。

ディアス氏らの室温超伝導の研究の先駆けとしては、2015年にマックス・プランク科学研究所のミハエル・エレメット氏らが最初に報告した超伝導水素化物の研究が挙げられます。エレメット氏らはこの研究で、水素と硫黄の混合物に圧力をかけることで、マイナス70度という臨界温度で電気抵抗が急激に低下することを発見しました。マイナス70度は室温にはほど遠い低温ですが、絶対零度に比べればはるかに高温であるため、それまで約20年間破られていなかった臨界温度の最高記録を約40度も更新したこの成果は高温超伝導として注目を集めました。

超伝導をこれまでよりもはるかに高温の環境で発生させることに成功 - GIGAZINE


さらに、ディアス氏らの研究チームは2020年の研究で、ダイヤモンドで試料を押しつぶすダイヤモンドアンビルセルという実験装置で267ギガパスカルもの圧力をかけた結果、水素化物の電気抵抗が急激に低下したことを報告します。

超伝導の研究では、電気抵抗の低下だけでなく超伝導体のもう1つの特性である「臨界温度を超えて超伝導状態になると磁界を排除する」という現象を証明することが重要です。しかし、ダイヤモンドアンビルセルでそのような現象を測定することは非現実的なため、水素化物を扱う科学者はよく磁化率という指標を用いるとのこと。しかし、その場合でも室内にある他の装置などの磁気信号を慎重に取り除いて計測を行わなければならならず、その難しさについて専門家は「日が昇っているうちに星を見ようとするようなもの」と表現しています。

今回の論文撤回で争点となったのも、この磁化率でした。ディアス氏らは、記録されたデータからバックグラウンドの磁気信号を差し引いた結果、超伝導が起きたとされる磁化率の信号が現れたと報告しましたが、論文に生データは含まれていませんでした。この点は、実際に測定された値ではなく想定値を用いた「お手盛りの計算結果」だとして、批判者からの非難を受けることになります。しかし、サラマット氏は「高圧物理学では、バックグラウンドの信号の測定が非常に困難であるため、想定値を用いるのが通例」と反論しています。


データが欠如しているという批判を受けて、ディアス氏とサラマット氏は2021年に、プレプリントサーバーのarXivで磁化率の生データやバックグラウンドの信号をどのように差し引いたかを説明する論文を発表しました。しかし、コーネル大学の物理学者であるブラッド・ラムショー氏は「この論文は答えよりも多くの疑問を投げかけるものでした。生データから研究結果のデータに至る過程が、信じられないほど不透明だったのです」と述べています。

また、再現性にも疑いの目が向けられています。2015年の研究で高温超伝導を報告したエレメット氏は、ディアス氏らが研究で作成した「炭素質水素化硫黄」の再現を行おうとしましたが、6回とも失敗したとのこと。エレメット氏は、「ディアス氏らは実験プロトコルの基本的なことは教えてくれましたが、炭素質水素化硫黄の作成にどのような種類の炭素を使ったかなどの細かい点はあまり教えてくれませんでした」と述べています。


一方サラマット氏は、2022年7月に炭素質水素化硫黄を再現する論文を発表するなどしていることについて、「私たちはドアをオープンにしています」と話していますが、この論文はサラマット氏が主導し共著者にも2020年の研究の著者が多く名を連ねていることから、批判者らは研究の独立性に疑問を投げかけています。

自分たちの室温超伝導の研究を信じているディアス氏らは今後、バックグラウンドの信号を除去せず、生データだけで帯磁率の変化を示す論文を改めてNatureに再投稿する予定とのこと。また、ディアス氏とサラマット氏はUnearthly Materialsという会社を共同設立し、室温超伝導の商業化に向けた動きを進めています。

しかし、エレメット氏は「ディアス氏らが主張するようなことがあり得るのかは疑問です。彼らの研究は、まるで手をかざしたものを黄金に変えてしまうかのようなものですから」と述べて、ディアス氏らの新しい超伝導体が科学による検証に堪えるかについて懐疑的な姿勢を示しました。

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in サイエンス, Posted by log1l_ks

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