サイエンス

「ウジ虫」を使って傷口を治療するために大量の医療用ウジ虫を養殖している会社


ハエの幼虫であるウジ虫には「気持ち悪い」「不潔」といった印象を持っている人が多いかもしれませんが、実はウジ虫がたかった傷口は治りが早いことが知られており、20世紀前半にはウジ虫を使って傷口を治療するマゴットセラピーが北米を中心に行われていました。20世紀中頃には抗生物質の登場によってマゴットセラピーは衰退しましたが、近年再びマゴットセラピーが脚光を浴びており、イギリス・ウェールズのBioMondeという企業は大量の医療用ウジ虫を養殖しています。

‘People are shocked’: the Welsh firm breeding maggots to heal wounds | Healthcare industry | The Guardian
https://www.theguardian.com/business/2023/jan/22/breeding-maggots-heal-wounds-welsh-firm-biomonde

How is Larval Therapy Produced? | Your Questions Answered - YouTube


中央アメリカや東南アジアなど一部の民族は、古くから「ウジ虫がわいた傷口は治りが早い」ということを理解しており、ウジ虫を利用した治療を行っていました。西洋文明がウジ虫の治療効果に注目し始めたのは第一次世界大戦中のことであり、1930年代末にはアメリカとカナダで300もの病院がウジ虫を使った治療を行っていたとのこと。その後、抗生物質の登場によってマゴットセラピーは衰退しましたが、近年は抗生物質が効かない薬剤耐性菌の懸念が高まったことで再びマゴットセラピーに注目が集まり始めています

イギリスの国民保健サービス(NHS)は1995年にウジ虫を使った治療を認可したほか、アメリカでも2004年に食品医薬品局(FDA)から認可されており、記事作成時点ではアメリカ・オーストラリア・中国・トルコ・アフリカ各地で臨床グレードのウジ虫が養殖されています。マゴットセラピーの専門家であるイギリス・スウォンジー大学のYamni Nigam教授は、「これらは下水やゴミ箱の中を這っているウジ虫ではなく、臨床的に飼育されたものです」と述べ、医療目的で使用されるウジ虫は不潔ではないと説明しています。

イギリス・ウェールズの医療企業であるBioMondeは、養殖したマゴットセラピー用の無菌ウジ虫をティーバッグほどの小袋に入れ、医療機関に販売するビジネスを手がけています。医師は患者の傷口に小袋を当てて4日間ほど置いたままにして、ウジ虫は小袋の細かい編み目を通して傷口を治療し、ハエになる前に患者の体から取り除かれる仕組みです。


傷口に接するウジ虫は死んだ組織を液体に分解する化学物質を放出し、液状になった組織を飲み込むほか、有害な細菌も一緒に取り込んで消化するとのこと。傷口に置かれる前のウジ虫は米粒ほどの大きさですが、治療中に約10mm~12mmに成長します。なお、ウジ虫は歯を持っていないため、患者の体が物理的にかじられるというわけではないほか、生きている組織が食べられることはありません。

BioMondeの臨床リーダーであり元看護師のVicky Phillips氏は、「人々はウジ虫を使った治療がどれほど効果的なのかを知って衝撃を受けています」「4日目に小袋を外して傷口がどれほどきれいになったのかを見ると、人々は驚きます」と述べています。

BioMondeは、ヘアネットやフェイスマスクを着用した専門スタッフのみが入れるクリーンルーム内で、オスメス合わせて2万4000匹のヒロズキンバエを飼育しています。ハエの飼育用ケースが女性用タイツで覆われているのは、複雑な換気システムを実装するよりもタイツを使った方が効果的に衛生状態を保てることがわかったからだそうです。


ハエは週に2回ほどのペースで産卵を行い、スタッフが卵を消毒・洗浄して無菌化しているほか、専用のキャビネットでふ化した幼虫も再び消毒されます。最後にスタッフがピペットで幼虫を拾い上げてポリエステル製の小袋に投入して密封し、チューブに入れた状態で処方箋に基づいて発送されるようになっています。

マゴットセラピーが用いられるケースとしては、糖尿病による慢性的な創傷が挙げられます。糖尿病患者は傷が長期間にわたり治癒しないケースがあり、さまざまな手を尽くしても改善しなかった場合、時には切断に至る可能性もあるとのこと。一部の患者や看護師はウジ虫を使った治療に嫌悪感を覚えますが、Phillips氏は「患者はマゴットセラピーを試す前にあらゆる手段を尽くしたので、ウジ虫を使った治療にもかなりオープンになっています」と述べています。なお、ウジ虫が動くことでくすぐったさを覚える人もいるほか、時にはウジ虫の分泌物から「かび臭いアンモニア臭」を感じることもあるそうですが、Phillips氏はそもそも傷自体が悪臭を放つこともあると指摘しました。

BioMondeは年間250もの医療機関に5000件以上の治療パッケージを提供しているほか、ヨーロッパの他の地域でも合計1万5000件もの治療パッケージを提供しています。小袋1個の価格はサイズにもよるものの、通常サイズのものは250ポンド(約4万円)ほどとやや高額です。しかし、傷口がきれいになる速度が向上することによって治療期間が大幅に節約され、外科的に腐った部分を切除する手間やコストも省けるほか、時には患者の四肢を切断の危機から救うことができます。


Nigam氏らの研究チームは、ウジ虫が分泌する抗菌分子を合成して感染症の治療薬として利用するための研究や、ウジ虫の分泌する化学物質が傷の治癒速度を向上させるメカニズムについての研究を行っています。Nigam氏によると、ウジ虫が分泌するホルモンが人間により分泌される分子とたまたま類似しているため、偶然傷口の治りが早まっている可能性があるとのこと。

また、BioMondeはウジ虫を使わずにマゴットセラピーの有益な効果を提供する方法についても研究中だそうで、眼科や歯科治療に応用されることが期待されています。

この記事のタイトルとURLをコピーする

・関連記事
「ウジ虫」が負傷した兵士を救うために戦争地帯へ投入される見込み - GIGAZINE

目のかゆみを訴えた男性の目から「うごめくハエの幼虫」が10匹以上も摘出される - GIGAZINE

ウジ虫がどのようにして効率的にピザを食べるのかを研究者が流体力学的に解明 - GIGAZINE

現代でも続いている「馬の瀉血治療」とは? - GIGAZINE

「ミツバチの針を体に刺す健康法」でミツバチに刺された女性が死亡してしまう - GIGAZINE

in サイエンス,   生き物,   動画, Posted by log1h_ik

You can read the machine translated English article here.