サイエンス

心肺蘇生法(CPR)実施時の生存率は思ったより低い


救急車を待つ間に一刻も早く心肺蘇生法を行うことが、救命率を大きく左右することとなります」と厚生労働省の健康情報サイト・e-ヘルスネットに記載のある、胸骨圧迫と人工呼吸を組み合わせて行う「心肺蘇生法(CardioPulmonary Resuscitation:CPR)」について、世の中の人がイメージしているよりも生存率が低いことを、作家であり救急医でもあるクレイトン・ダルトン氏が指摘しています。

CPR's true survival rate is lower than many people think : Shots - Health News : NPR
https://www.npr.org/sections/health-shots/2023/05/29/1177914622/a-natural-death-may-be-preferable-for-many-than-enduring-cpr


「心停止時に胸骨の圧迫を行うと血液を循環させることができる」という発見は1878年、ネコによる実験で明らかになりました。

そこから約80年後の1959年、ジョンズ・ホプキンス大学の研究者が初めて人間に対して用い、「誰でもどこでも、蘇生処置を行えるようになりました」「必要なのは両手だけです」と報告。1970年代に一般向けのCPR講習が行われるようになり、心停止時にまず行う措置となっていきました。

しかし、CPRは決して「実施すれば助かる」という治療法ではありません。


2015年の「It isn't like this on TV: Revisiting CPR survival rates depicted on popular TV shows(テレビ番組のようにはいかない:人気番組で描かれたCPR生存率を再考する)」という論文によると、医療ドラマ「グレイズ・アナトミー」と「ドクター・ハウス」の2010年~2011年放送分について調査したところ、91エピソードの中で心肺蘇生の様子は46回描写され、生存率は69.6%だったとのこと。CPR直後に蘇生した患者は71.9%と大多数が無事退院し、退院前に死亡したのは15.6%。事前指示に関する議論の描写は2例だけでした。研究チームはドラマにおいて生存率が実際より高く描かれているとして、「この不正確な描写は視聴者に誤解を与え、重篤な病気や終末期のケアの決定に影響を与えるおそれがあります」と結論づけています。

同じく2015年の「What CPR means to surrogate decision makers of ICU patients(ICU患者の意思決定者を代理するCPRの意味)」という論文では、97人の被験者のうち72%がCPRの生存率を75%以上だと信じていたことが指摘されています。

実際のところは、病院外で心停止した約15万人の患者に関する79件の研究を調査した論文が2010年に発表されていて、院外心停止患者の生存率は約30年間変化がなく7.6%。そして、第三者がCPRを行った場合の生存率は10%、病院内で心停止した場合のCPR生存率は17%だったことが示されています。


患者の年齢が上がるとともにCPR生存率の値は下がり、スウェーデンでの研究では、院外心停止時のCPR生存率が70代患者で6.7%、90代患者で2.4%だったとのこと。また、慢性疾患も生存率に影響を与え、がん患者や心臓・肺・肝臓に疾患のある患者でCPR後6カ月生存したのは2%未満だったそうです。

「わずかでも蘇生する可能性があるのであればCPRを試みる動機になる」という考えに対して、ダルトン氏は、そもそも胸骨を圧迫すること自体が体に害を及ぼすと指摘。ジョンズ・ホプキンス大学の研究者が最初にCPRを行った時点で「合併症として、肋骨の骨折やひび割れが起きる」と言及しているほか、肺出血、肝臓裂傷などが起きる可能性もあります。

特に高齢者の場合、CPRによって負った傷が元通りに回復しないことが多く、CPRを受けて生存した70歳以上の患者のうち、機能が回復したのは38.6%だったという研究結果があります。

また、心臓が一時的に停止している間に脳などがダメージを受けているケースもあり、院内心停止事例でCPRを受け生存した患者の約3割が重度の神経障害を負っているとのこと。

さらにダルトン氏は、CPRが患者だけではなく医療従事者にも影響を与えるケースがあることを指摘しています。

一例として、医師で生命倫理学者のホランド・カプラン氏がベイラー医科大学の研修医時代に経験したことを、大学公式ブログに掲載しています。

Code blues: When is CPR not useful? - Baylor College of Medicine Blog Network
https://blogs.bcm.edu/2019/02/22/code-blues-when-is-cpr-not-useful/


カプラン氏は、末期の心不全と転移性がんを患っていて、腸からの出血に対して血液製剤の利用を希望しなかったという82歳の男性にCPRを行いました。CPRを行う前から、カプラン氏はこれが「ショーコード」、つまり「この措置が無駄であるとわかっている患者に対して蘇生を行う取り組み」だと理解していたそうです。

実際にCPRを行うにあたって、カプラン氏はかつて「肋骨が折れないのは、胸骨圧迫が正しくできていないからだ」と言われたことを思いだしたものの、自らの手の下で肋骨が折れていく感覚について「医学研修の中で最も気分が悪くなった経験」と振り返っています。

最終的に、男性の家族はこれ以上の蘇生措置が無駄であることに同意し、男性は亡くなりました。心停止患者への緊急対応を「コードブルー」と呼びますが、カプラン氏は「コードブルー」に恐怖を抱くようになったとのこと。

ただ、こうした問題があるにしても「CPRをしなくてもいいのではないか」と主張するのは難しいことで、2017年の時点で生命倫理学者のフィリップ・ロソフ氏とローレンス・シュナイダーマン氏は「CPRがほぼ神話のような評判と雰囲気を獲得」していて、「CPRをしないのは、溺れている人にロープを投げないのと同じように見えてしまうかもしれない」と述べています。

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in サイエンス, Posted by logc_nt

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