取材

膨大なアニメの原画や動画を後世に伝えるためにはどうやって保存すべき?「2Dアニメの素材アーカイブについて!」をTRIGGER取締役が語る


アニメの原画や絵コンテ、設定資料集はアニメを作る上で必要な資料ですが、アニメが完成すると使うことはありません。こうしたアニメ制作の素材はこれまで時間が経ったら廃棄されていましたが、さまざまな理由で保存するべきではないかという声も挙がっています。「キルラキル」「プロメア」で知られるアニメ制作会社のTRIGGERもこうした素材をアーカイブする事業に着手しており、その辺りをたっぷり語る「2Dアニメの素材アーカイブについて!」というトークイベントをマチ★アソビ Vol.27で開催していたので、じっくり聞いてきました。

2Dアニメの素材アーカイブについて! マチ★アソビvol.27 : イベント情報 - アニメハック
https://anime.eiga.com/event/162818/

2000年にアニメ業界に入って23年目になる舛本和也さんは、クリエイターではなくて制作進行からスタートしてアニメーションプロデューサーになり、今はTRIGGERの作品制作統括、そしてTRIGGERの取締役を務めています。


◆「中間生産物」とは?
アニメは設計図(プリプロダクション)、絵作り(プロダクション)、編集・音響・納品(ポストプロダクション)という順番で制作工程が進むベルトコンベア式の制作方法を取っています。

アニメーション制作の工程上、原画や設定資料集など、アニメ作品が完成したら不要になるものが「中間生産物」といわれる素材として発生します。2011年に設立されたTRIGGERも2023年で13年目を迎え、その中でこれまでの中間生産物を素材としてアーカイブするべきだとTRIGGER社内で決まったとのこと。舛本さんはこのアーカイブ事業の責任者に就任し、記事作成時点で3年目に突入したそうです。


今回、会場ではさまざまな中間生産物の例として、カット袋に収まった複製原画や設定資料集、絵コンテなどが展示されており、来場者が好きに手に取って閲覧することができました。


例えば、1話30分のテレビアニメだと、紙素材だけで270kgもの資料が発生するとのこと。カット袋など全部合わせると、1タイトルで1トン以上になる見込みだそうです。同時に8タイトル生産できるスタジオだと8トン出るわけで、その量を保存するのにはやはりお金がかかるので破棄されてしまいます。

近年はアニメを文化として研究する学術的な動きもあります。しかし、アニメ中間生産物を博物館や大学などに寄贈しても、価値あるものとして保存されるかはわかりません。そもそも、原画や設定資料集など、アニメの中間生産物に価値があるかというと、保存する立場としては価値がない方がいいとのこと。なぜなら、価値があると資産となり、税金が発生するためです。

中間生産物については、契約で制作会社での2~4年の保存が義務付けられているとのこと。しかし、その後は基本的に破棄され、産業廃棄物扱いで捨てられてしまうそうです。基本的に中間生産物の所有者は製作委員会あるいはクライアントの所有物で、捨てる場合も保存する場合も所有者に許可を求められます。ただし、保存にはコストがかかってしまうため、捨てる場合はだいたい断られないとのこと。つまり、保存する必要性はない、というよりもできないと判断されるのが現状です。


TRIGGERは1年に1タイトルくらいしか制作しておらず、比較的作品数が少なく、TRIGGERはこれまで制作した作品の中間生産物をほぼ全て残しており、埼玉の倉庫に保存していたそうです。そうした資料をクリアケースに詰めて保存しており、その量はテレビアニメ1クール12話分でダンボール40箱分に相当するとのこと。しかも、アーカイブは単なる保存とは異なり、資料へのアクセスを想定しなければならないので、紙1枚をとってもどこでどのような状態で保存するのかという保存方法についても吟味しなければなりません。


また、データに換算すると20~30TB程度になるそうで、データ化した場合はすべてHDDに保存されますが、HDDには寿命があるため、HDDの換装とデータ転送を考慮するとやはりどうしても保存にコストがかかってしまうとのこと。

◆中間生産物をアーカイブ化することの目的と意味
TRIGGERでなぜアーカイブ化しなければならないのかを考えた時、アーカイブはしたほうがいいとして、その目的が課題となりました。アーカイブは手段であり、目的ではありません。
「アニメはすばらしい産業だから」「価値があるから」という理由ではなく、数年先にやる意味を見つけないとアーカイブ事業を続けるモチベーションが続きません。TRIGGER自身が資料をアーカイブ化することに、TRIGGERが意味を見出す必要があるというわけです。


原画や動画、絵コンテは個人の生産物です。クリエイターは成長するので、過去に描いた絵と今描いた絵は異なります。世代、年齢によってクリエイターが描く内容は変わっていくため、中間生産物は再現性のない素材といえます。また、過去のアニメ素材は作品制作工程を後から分析できる貴重な資料でもあることから、過去のアニメ素材をアーカイブする意味があります。


また、TRIGGERには「『キルラキル』を見てアニメ業界に入りました」という人もいるとのこと。そういう人のために過去の素材が残ってないと憧れだけで終わるというのが舛本さんの考え方。そのため、TRIGGERのアーカイブは「社内の資料閲覧室」という意味が強いとのこと。


アニメの制作現場はデジタル化が進んでおり、若いクリエイターはほぼ100%液晶タブレットで作業しているとのこと。しかし、手描きでしか表せない表現や技法があるため、手描きのアニメはなくならないだろうと舛本さんは考えており、そういう意味でも過去の手描きアニメの素材は貴重な育成資料になり、社内での作品素材の資料閲覧室化が望まれるとしています。

他にも、過去のアニメ素材は文化としての研究素材になり得ます。実際にTRIGGERの元には国内外の研究室から素材の提供依頼があったとのこと。研究内容としては、アニメの動画や着色の自動生成、イラストの構図(レイアウト)のパターン化などがあったそうです。あるアメリカの大学からは、アニメの中割りを研究したいという依頼もあり、学術研究の輪が広がってくれればという思いで素材を提供したとのこと。文化芸術としてアニメを昇華させるためにも、TRIGGERで過去のアニメ素材をアーカイブする必要性があると舛本さんは述べました。

なお、TRIGGERが手がけた「リトルウィッチアカデミア」は2013年3月に、文化庁の若手アニメーター育成プロジェクト「アニメミライ2013」の参加作品として、上映時間25分の劇場アニメとして公開されました。この「リトルウィッチアカデミア」の素材データは国立情報学研究所(NII)に「トリガーデータセット」として提供されています。

アニメ「リトルウィッチアカデミア」の絵コンテ等を研究に活用へ~TRIGGER制作のアニメ作品素材データをアカデミア研究者向けに提供開始~ - 国立情報学研究所 / National Institute of Informatics
https://www.nii.ac.jp/news/release/2022/0315.html

◆アーカイブ化の作業内容
アーカイブ化の計画は「作品スキャン」「目次化」「プリプロ資料スキャン」の3つに分けられます。

アーカイブ化するということは、単に倉庫に保存するだけではなく、どのように保存するかという保存方法も考えなければなりません。例えば、複数の紙をつなぎあわせて描いた大判原画は、セロハンテープを使うので劣化が激しくなります。また、保存する際に紙を折り曲げることもありますが、それも劣化の原因となります。さらに、大量の紙を積み重ねることも劣化につながり、物量的にもアニメの素材を永久保存することは不可能といえます。ダンボール箱の中に紙の資料を収納する時の向きすらも考慮しなければなりません。


そのため、データをアーカイブ化する上で大量の紙資料のままで保存することは到底不可能であり、データに変換する必要があります。データ保存について重要なのは解像度とフォーマットですが、舛本さんによると、中間生産物をデータ化する上で一番いい解像度は出版印刷に耐えうることを想定した800dpiだそうです。しかし、データ量が膨大になってしまうため、TRIGGERでは400dpiで保存しているとのこと。また、フォーマットはHEIF型式を使用しているそうです。

作品スキャンの速度はスキャナー2台稼働で、1日平均40カット。一般的なTVシリーズ1話が300カットほどなので、およそ8日で1話のスキャンが完了する見込みで、1クール12話分であればおよそ100日で完了する計算になるそうです。


アーカイブするにはデータを目次化する必要があります。データのアーカイブ化で重要なのは「どこに保存されていて誰が使うのか」というところ。誰がカットを描いたのか、どういうタイトルでいつ描かれたのかをわかるようにしなければなりません。

以下は原画素材やレイアウト素材、動画素材などさまざまな中間生産物を入れるカット袋。


カット袋には、タイトルや話数、カットナンバー、尺、シーンのサムネイル、セル画の枚数、担当者名などが記されています。こうした情報が素材のメタデータとして活用できるというわけ。


舛本さんによると、中間生産物の中でも特に重要なのが、ポストプロダクションで発生する香盤表・進捗表・スケジュール表・シーン割表・カット一覧表だとのこと。これらにはカットの担当者名や納品された日、カット番号、物量がすべて記録されており、アーカイブ化する上でのメタデータとしては非常に重要だそうです。しかし、メタデータを含むこれらの資料はこれまでなかなか残されてこなかったそうです。

将来的に、若手が資料室で調べるきっかけはクリエイターの名前であることが予想されます。また、「髪がなびいているところ」「ゆっくり歩いているところ」といった描かれている絵の内容に応じて検索できることがより望ましいといえます。しかし、そうしたタグ付けを行うと作業量もはるかに膨大なものとなることが課題となっているとのこと。


そして、アーカイブ化ではいつでもどこでも閲覧できるようにしたいと考えているそうです。特に近年はデジタル化が進んで在宅での作業も可能となっていることから、場所の制限もないところで資料を見られるようにすることが望まれます。TRIGGERではGoogleのシステムを使ってプロトタイプを作成中とのことですが、記事作成時点では利便性や速度の問題を解決中だそうです。

こうしたアーカイブ作業は、TRIGGER以外のアニメ制作会社でも行われているとのこと。Production I.Gは10年前から進めているそうで、サンライズ(現・バンダイナムコフィルムワークス)も過去の作品をアーカイブしようとしているとのこと。スタジオカラーはアニメ特撮アーカイブ機構(ATAC)と関係が深く、アーカイブ事業については業界の中でも随一の実績を誇るそうです。

また、アニメ制作でデジタル化が進む上でメタデータやアーカイブファイルの標準化が求められるものの、保存するメディアやフォーマットが時代と共に変わってしまうこともあり、難航しているとのこと。TRIGGERのシステム担当の方によれば、アニメ業界にはエンジニアが少なく、業界標準のような一律規格を作る動きがあまりないとのこと。

保存するメディアについて、舛本さんは「劇場版 天元突破グレンラガン」のエピソードを紹介。フィルムパッケージだった本作をDCP(デジタルシネマパッケージ)に焼き増しすることになった時、音声データが失われていることが発覚。手当たり次第に調べたところ、磁気ディスクのZIPメディアで見つかったと連絡があったそうです。しかし、見つかったドライブが何十年も通電していなかったからデータが飛ぶかもしれないといわれたため、専用の業者に持っていって音響データを抽出できたとのこと。この時の教訓として、舛本さんは「ちゃんと保存しよう、そしてメディアの再生機は持っておきましょう」ということを学んだそうです。

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in 取材,   アニメ, Posted by log1i_yk

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