「ムーア人」という言葉をご存じだろうか。
聞き覚えはあるが、実際にはよくわからないとしても無理はない。シェイクスピア作品などの文学をはじめ、芸術、歴史書で目にするにもかかわらず、特定の民族を示す名ではないからだ。ムーア人とはむしろ、スペインをその時々に支配したイスラム教徒やアフリカ系の人々などを表す概念として、何百年もの間使われてきた言葉だ。
ラテン語の「マウルス」に由来するこの語は、もともと現在の北アフリカにあった古代ローマの属州、マウレタニアに住むベルベル人などを指す呼称だったが、次第にヨーロッパで暮らすイスラム教徒に対しても使われるようになった。ルネサンスの頃には、肌の色が黒ければ誰でも「ムーア」や「ブラッカムーア」と呼ばれるようになった。(参考記事:「スペインにわたったアフリカ移民、家族にも言えない厳しい現実」)
西暦711年に、ベルベル人指揮官ターリク・イブン=ズィヤードが率いる北アフリカのイスラム軍が、イベリア半島(現在のスペインとポルトガル)を占領した。アル=アンダルスと呼ばれるようになったこの土地は、文化と経済の中心地として栄え、教育や芸術、科学が花開いた。
その後イスラム国家の力が衰えると、ムーア人による統治を快く思っていなかったキリスト教徒が侵攻を始めた。数百年にわたってキリスト教徒はイスラム教徒に戦いを挑み、徐々に勢力範囲を拡大していく。この運動が完結したのが1492年、「カトリック両王」、フェルナンド2世とイサベル1世がグラナダ戦争に勝利し、スペインがイベリア半島を奪回したときのこと。ムーア人はとうとうイベリアでの拠点を失った。
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