はるか昔の星の輝く夜、3人の賢者が、厩で生まれたイエスに贈り物を捧げたと聖書にはある。その贈り物とは、黄金、没薬、そして乳香だ。
乳香は、没薬と同様に、黄金と同じくらい高い価値があるとされてはいたものの、見つけるのが難しいわけではなかった。良い香りを放つこの樹脂を分泌する木は、聖書の舞台となった土地にも、それ以外の地域にも広く分布していたからだ。
それから2000年後、アフリカ、ソマリアの生態学者アンジャネット・デカルロ氏のチームは、まだ手つかずの乳香の木が生えているという場所を目指して、ソマリランド(国家として国際的な承認を得ていないソマリア北西部の自治区)の街ユッベの近くにある山に登った。ところが、現場に到着した彼らを待っていたのは衝撃的な光景だった。
そこに生えている木は、一本残らず、上から下までびっしりと切り傷に覆われていたのだ。
重宝されてきた香料
森を思わせる甘い香りを放つ乳香は、世界で最も古くから取引されてきた商品のひとつで、5000年以上の歴史を持つ。現在では、毎年何万トンもの乳香が市場に出回り、カトリックの司祭が使用する香、香水の材料、自然薬品、さらには精油(エッセンシャルオイル)として重宝されている。(参考記事:「イスラエルの墓地から多神教の祭壇出土」)
乳香は主に、ボスウェリア属に属する5種ほどの木から採れる。これらの木の産地はアフリカ北部や西部、インド、オマーン、イエメンなどだ。木の幹に切り込みを入れると、樹液がにじみ出て、じきに固まる。この樹脂が、乳香として採取される。(参考記事:「「インド洋のガラパゴス」ソコトラ島に迫る危機」)
乳香の木を健康に保つには、切り込みを入れるのを年12回以下に抑える必要があると、乳香の保護を目指すプロジェクト「セーブ・フランキンセンス」を主導しているデカルロ氏は語る。しかし、ソマリランドの山では、1本の木に120カ所もの切り込みがあった。切り込みからにじみ出る樹脂はかさぶたのような役割を果たし、傷を保護して治癒を促す。
デカルロ氏は言う。もし人間の体に切り傷ができても、「一度なら絆創膏を貼っておけば問題ありません。しかし、何度も繰り返し切り傷ができたなら、感染症に非常にかかりやすくなります。免疫系は体をなんとか救おうとして傷つき、崩壊してしまうでしょう。これは乳香の木にとっても同じことです」