土鍋に入ったスープを力強くかき混ぜながら、100歳になるアスンタ・ポッダはにっこり笑って、「ミネストローネよ」と言った。鍋をのぞき込むと、豆、ニンジン、タマネギ、ニンニク、トマト、フェンネル、コールラビ(キャベツの仲間)、ハーブなどが黄金色のオリーブオイルと混ざり合っている。テーブルには、サワー種で作った酸味のあるパン、庭から摘んできた葉野菜、赤ワインが並び、窓から夕日が差し込んでいる。何世紀も前から変わらない食卓の風景だ。
私とこの地域を研究している疫学者のジャンニ・ペスが訪れたのは、イタリア、サルデーニャ島に位置するヌーオロ県のアルツァナ村だ。ここは、100歳以上の男性の人口密度が世界で最も高い。第2次世界大戦以降、この村では38人の村人が100歳を迎えた。100人に1人の割合だ。
ペスは、1990年代後半にその事実を知ってから、300人以上の百寿者に会い、丁寧な聞き取り調査をしてきた。その結果、この地域の長寿を支えている主な要因は、坂の多い地形、強い家族愛、高齢者への敬意、女性が家庭のストレスの大半を引き受ける母系文化であること、そして簡素で伝統的な食事だという結論に達した。また、百寿者の連れ合いは、百寿者の兄弟姉妹よりも長生きする傾向があることもわかった。つまり遺伝子よりも、食生活や生活習慣の影響が大きい、とペスは考えている。
ミネストローネには、必須アミノ酸、数々のビタミン、多様な食物繊維が含まれている。ペスによると、百寿者の消化器官には、食物繊維を通常よりも高いレベルの奇数鎖脂肪酸に変える細菌が多くいるそうだ。これらの飽和脂肪酸は、心臓疾患リスクの低下に関係があるとされるほか、がんを防ぐのに役立っている可能性もあるという。
独特の酸味以上に大切なこと
ペスと私はセウロという別の長寿村で、100年前から続く、住民が共同で運営するパン店を見学した。そこでは、この地方の食事には欠かせない独特なパンが焼かれている。パン生地には、責任者のレジーナ・ボイ家に代々伝わってきた発酵用のサワー種が使われているが、泡の浮いたどろどろした液体で、酵母とこの土地固有の乳酸菌が含まれている。その酵母と乳酸菌から二酸化炭素が発生して、パンが膨らむ。また、乳酸菌には糖質を分解して乳酸を作る働きもある。
この乳酸がパンに独特の酸味を与えるが、ペスによれば、それ以上に大切なことがあるという。サワー種で作ったパンを食べると、一般的な精白パンを食べたときに比べて、糖質が血流に吸収される速度が25%もゆっくりになるのだ。