売られた少女たち

世界中で横行する未成年者の性的搾取を目的とした人身売買

2020.09.30
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
誌面で読む
母親と口論になったRは、インドの大都市コルカタ近郊にある自宅を飛び出し、その後、鉄道駅で出会った男たちにだまされて同市の売春街に売り飛ばされた。10代で売られてきた女性の多くは、売春宿で一生を終える。Rは引き渡される寸前で救出され、被害者を救済するNPO「サンラアプ」が運営するシェルター「スネハ」に身を寄せた。写真は成人になった現在のRだ。この記事には、ほかにもスネハで撮影した少女たちが登場する。(PHOTOGRAPH BY SMITA SHARMA)
母親と口論になったRは、インドの大都市コルカタ近郊にある自宅を飛び出し、その後、鉄道駅で出会った男たちにだまされて同市の売春街に売り飛ばされた。10代で売られてきた女性の多くは、売春宿で一生を終える。Rは引き渡される寸前で救出され、被害者を救済するNPO「サンラアプ」が運営するシェルター「スネハ」に身を寄せた。写真は成人になった現在のRだ。この記事には、ほかにもスネハで撮影した少女たちが登場する。(PHOTOGRAPH BY SMITA SHARMA)

この特集記事について: 人身売買の被害に遭った少女たちのプライバシーを保護し、性犯罪被害者の身元特定に関するインドの法律を順守するため、少女たちとその家族の身元がわかる情報は伏せた。撮影の際も顔がはっきりわからないように配慮し、本人とわかるような特徴も修正している。記事に登場する2人の少女には仮名を用いた。

この記事は、雑誌ナショナル ジオグラフィック日本版 2020年10月号に掲載された特集です。定期購読者の方のみすべてお読みいただけます。

性的搾取を目的とする人身売買は世界的な問題で、何百万人という子どもたちが被害に遭っている。将来に夢を抱いていたインドとバングラデシュの10代の少女2人も、売春を強要された。

 サエダはバングラデシュのクルナ、アンジャリはインド西ベンガル州にあるシリグリで生まれた。二人ともごく普通の10代の女の子だった。そして彼女たちは同じ売春宿に売られた。

 二人の故郷は数百キロ離れているが、同じような環境に育った。親から独り立ちし、愛する人と出会い、夢をかなえるために歩き出したい—サエダもアンジャリも、10代の誰もが描くような憧れを抱いていた。だが世間知らずだった彼女たちは、その先に残酷な運命が待ち受けているとは知る由もなかった。

 サエダは、貧しい地域にある2部屋だけの小さな家で、幼い頃から独りで時間を過ごすことが多かった。母親は街の市場で店舗の清掃をしていて、朝早くから仕事に出かけてしまう。父親はリキシャの運転手で、わずかばかりの金で客を運んでいた。勉強が苦手だったサエダは、将来苦労をすると母親に言われたが、12歳で学校をやめてしまった。

 サエダは社交的で、すぐに友達をつくれるおおらかな性格だ。彼女が熱中していたのはダンスで、両親が留守の間は、テレビで映画を見てはダンスのシーンをまねていた。

 彫りの深い顔と大きな目をしたサエダは、化粧をするのも好きで、美容院の仕事を手伝い始めた。周囲の男の子たちから注目される娘を心配した両親は、13歳だったサエダを結婚させた。児童婚は違法だが、南アジアでは珍しくない。だが、両親が選んだ結婚相手はすぐに暴力を振るう男だったため、結局彼女は実家に戻った。

 サエダは「人前で踊ればお金になるから」と母親を説き伏せて許可を得ると、ダンス教室に入り、結婚式などでも踊るようになった。教室に出入りしていた男の子と交際し始めたのもその頃だ。インドへ行こう。向こうで踊ればもっと稼げる。そう言われたサエダは彼と駆け落ちしようと決めた。

 一方、アンジャリは、輝く瞳と高い頰骨が目を引く女の子だ。サエダと同じような理由で、早く家を出たいと思っていた。家はスラムにある掘っ立て小屋で、主にメイドの仕事をしていた母親の収入で暮らしていた。少ない文房具を姉妹で取り合うこともあり、学校は13歳でやめた。インドの貧しい家ではよくある話だ。菓子工場で包装の仕事を始めたアンジャリだが、内気な性格で友人も少なく、親友と呼べるのは家で飼っている子ヤギぐらいだった。子ヤギはアンジャリの後をついて回り、食事も分けてもらって、夜は彼女の寝床に潜り込んできた。

 そんなアンジャリが、工場で働く若者に恋をした。母親が結婚相手を探し始めていたが、彼女は好きな人と一緒になろうと決め、2016年10月、ヒンドゥー教の祭りの晩に家を抜け出した。駅で恋人と落ち合うと、そこには別の男もいた。アンジャリは驚いたものの、そのまま彼らとコルカタ行きの列車に乗った。

インドの西ベンガル州に住むアンジャリは、16歳のときに男と結婚の約束をし、家を出るようにと唆された。しかし、男とその仲間は、彼女を同州のマヒシャダルにある売春宿に売り飛ばした。多いときは1日に20人も客をとらされたアンジャリは、救出先のスネハで痛みを分かち合える少女たちと1年以上ともに生活した。成人した今は母親と一緒に暮らしている。母親は娘の結婚を望んでいるが、本人は二度と恋はしないと心に決めている。(PHOTOGRAPH BY SMITA SHARMA)
インドの西ベンガル州に住むアンジャリは、16歳のときに男と結婚の約束をし、家を出るようにと唆された。しかし、男とその仲間は、彼女を同州のマヒシャダルにある売春宿に売り飛ばした。多いときは1日に20人も客をとらされたアンジャリは、救出先のスネハで痛みを分かち合える少女たちと1年以上ともに生活した。成人した今は母親と一緒に暮らしている。母親は娘の結婚を望んでいるが、本人は二度と恋はしないと心に決めている。(PHOTOGRAPH BY SMITA SHARMA)

 その晩、母親は必死で娘を探し回り、駆け落ちが計画的なものだったことを知る。「私がいなくなったら、誰がおまえの世話をするの?」と、数日前にアンジャリが子ヤギに話しかけているのを近所の人が聞いていたのだ。

世界規模の悪行

 人間社会にはびこる悪行のなかで、子どもに売春を強いることほど、忌まわしいものはない。正確に数字を把握することはできないが、未成年者の性的搾取を目的とした人身売買が世界中で横行し、数千億円規模の産業になっていることは間違いない。

 この問題でよく引用される国際労働機関の調査によると、2016年に性的搾取の犠牲になった子どもは100万人を超えているという。児童売春の実態把握が困難なことから、実際の数はもっと多いとも言及されている。国連薬物犯罪事務所が出した世界の人身売買に関する報告書の最新版では、各国が報告した人身売買の被害者の数は、2010年は1万5000人未満だったが、16年は約2万5000人近くまで増えている。だが、これらの数字は氷山の一角にすぎず、被害のほとんどは表面化していないと考えられる。被害者が増加したのは、取り締まりの強化が関係しているかもしれないが、研究者は背景にある冷酷な現実を指摘する。売春目的の子どもの売買を含め、人身売買は確実に増えているのだ。

 米ジョージ・メイソン大学で公共政策を専門とするルイーズ・シェリー教授は、「まさに成長産業です」と話す。

次ページ:悲劇の最大の原因は…

ここから先は、「ナショナル ジオグラフィック日本版」の
定期購読者*のみ、ご利用いただけます。

*定期購読者:年間購読、電子版月ぎめ、
 日経読者割引サービスをご利用中の方になります。

おすすめ関連書籍

2020年10月号

アップデートされる恐竜/売られた少女たち/アマゾンのオウギワシ/米国の国立トレイル

研究技術の飛躍的な進展で、大きく塗り替えられようとしている恐竜像。特集「アップデートされる恐竜」で恐竜研究の最前線に迫ります。このほか、性的搾取を目的にした人身売買の闇を追った「売られた少女たち」など4本の特集を掲載。

定価:1,210円(税込)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
誌面で読む