北の果てで見る夢

昔ながらの暮らしと伝説息づくロシア最果ての地。そこに暮らす人々を追った

2020.11.29
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誰もいないディクソンの通りに立つ廃虚。雪が渦を巻きながら吹き抜ける。かつてこの港町は北極圏開発というソ連の夢の中心的な役割を担っていたが、1991年のソ連崩壊後、次第に寂れた。(PHOTOGRAPH BY EVGENIA ARBUGAEVA)
誰もいないディクソンの通りに立つ廃虚。雪が渦を巻きながら吹き抜ける。かつてこの港町は北極圏開発というソ連の夢の中心的な役割を担っていたが、1991年のソ連崩壊後、次第に寂れた。(PHOTOGRAPH BY EVGENIA ARBUGAEVA)
この記事は、雑誌ナショナル ジオグラフィック日本版 2020年12月号に掲載された特集です。定期購読者の方のみすべてお読みいただけます。

ロシアの極北地方には、長い極夜に育まれ、凍りついて時間が止まったかのような昔ながらの暮らしと伝説が息づいている。

 北極に一度魅了された人は、北極の呼ぶ声が絶えず耳を離れないという。子どもの頃、私はツンドラを駆け回り、極夜にはオーロラを眺めながら通学した。暗闇が2カ月間続く「極夜」という詩的な言葉は、こうした土地においては単に冬を指すだけでなく、この時期に特有の精神状態を指す言葉でもある。私は何年も前に、故郷であるロシアのラプテフ海に面した辺境の港町チクシを離れて、大都市やさまざまな国で暮らしてきた。だがその間ずっと、帰っておいでと北極に呼ばれていた。隔絶された環境でゆったりと生きる感覚が、無性に恋しくなる。凍てついた北の大地に身を置くと、私の想像力は何物にも遮られることなく、風のように舞い上がっていく。北極にいるときだけ、私は本当の自分でいられるのだ。

 今回、撮影した人々も、その点ではほぼ一緒だ。彼らの話は、一冊の本を構成する章に似ているかもしれない。各章で語られる夢は異なるが、すべての章が北極への愛につながっている。それぞれの夢に独自の色合いと雰囲気があり、どの人にも、ここで暮らす理由がある。

 最初の夢は、ビチェスラフ・カロトゥキのものだ。バレンツ海の半島に立つカドバリハ気象観測所で、長年、所長を務めた男性だ。ここは海に細長く突き出た不毛の地で、周囲には何もないため、まるで船に乗っているような気分になると話す。彼はいわゆる「ポリアーニク」と呼ばれる北極の専門家で、北極での仕事に人生をささげてきた。現在も同観測所で気象データの報告を手伝っている。

カドバリハ | 北緯6 8 .941 ° | 東経5 3 . 769 °
カドバリハ | 北緯6 8 .941 ° | 東経5 3 . 769 °
風のない穏やかな日、ビチェスラフ・カロトゥキが、バレンツ海に面した湾に手製の舟で独り漂う。北極圏に点在する気象観測所で人生の大半を過ごしてきた彼は、20年にわたって暮らしているこの地域が大好きで、ここが故郷だと話す。(PHOTOGRAPH BY EVGENIA ARBUGAEVA)
10年以上前に使われなくなった灯台に向かうカロトゥキ。彼はまきが足りなくなると、灯台の木材のパネルをはがして、住居兼職場である気象観測所の暖房に使っていた。その後、気象観測所は新しく建て替えられた。(PHOTOGRAPH BY EVGENIA ARBUGAEVA)
10年以上前に使われなくなった灯台に向かうカロトゥキ。彼はまきが足りなくなると、灯台の木材のパネルをはがして、住居兼職場である気象観測所の暖房に使っていた。その後、気象観測所は新しく建て替えられた。(PHOTOGRAPH BY EVGENIA ARBUGAEVA)

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