米アラスカ大学博物館に「PP-00128」という標本があり、20年ほど前から、かなり古いクマのものだと考えられていた。この標本は大腿骨の破片で、指でつまめるほど小さく、アラスカ南東部の海岸沿いの遺跡から発掘された。同じ遺跡からは、数千年前の魚や鳥や哺乳類の骨のほか、人間の骨も発見されている。
2月24日付けで科学誌「Proceedings of the Royal Society B」に発表された論文によると、遺伝子解析の結果、PP-00128は、今から約1万150年前に人間の忠実な友として氷に覆われたアメリカ大陸にやってきたイヌの骨だったことが判明した。
この研究成果は、イヌがアメリカ大陸に入ってきた時期やルートを知る手がかりになるほか、人間と家畜化されたイヌとの長く深い関係を裏づけるものにもなる。
「1万年前の人々の生活を想像することはできなくても、彼らとイヌとの関係を理解することはできます」と、今回の研究には関与していない英エクセター大学の動物考古学者カーリー・アミーン氏は言う。
足どりを追う
今回の骨片は、アメリカ大陸におけるイヌの証拠としては最古だが、アジアからアメリカ大陸に渡ってきた最初のイヌとは限らない。2018年には米イリノイ州で見つかったイヌの墓が約9910年前のものと判明している。(参考記事:「北米最古の犬、ほぼ消滅していた」)
わずかな差で「最古」の称号はアラスカのPP-00128のものになったが、考古学者たちは、ほぼ同じ時代に北米の2つの遠く離れた場所にイヌがいたという事実に関心を寄せている。これは、イヌがもっと早い時期にアメリカ大陸に来ていたことを意味するからだ。では、イヌが最初にやってきたのはいつなのだろう?
最近発表された遺伝学的証拠によると、北米の3分の1が氷の下に埋もれていた約2万3000年前、シベリアにおいて人々とオオカミとの遭遇機会が増えていたという。当時、シベリアは比較的温暖で、人間にとってもオオカミにとっても獲物になる動物が生息していた。人間は約4万年前から1万9000年前にかけてオオカミを徐々に飼い慣らし、やがてオオカミはイヌになったと考えられている。(参考記事:「イヌへの進化のきっかけ 人と遊ぶオオカミだった?」)
今回、PP-00128が調査されたのは、北米の氷の状態と、動物や環境の変化を調べる研究プロジェクトの一環だった。小さな骨片からこのイヌの核DNAを抽出することはできなかったが、ミトコンドリアDNA(母方の血統からのみ遺伝するDNAで、全ゲノムのごく一部しか占めていない)は抽出できた。分析の結果、このイヌは、今から約1万6700年前にシベリアのイヌから分かれた系統に属していたことがわかった。約1万6700年前といえば、人間が海岸沿いに北米に入ってきた時期とほぼ同じである。