ベルギーのアントワープに巨大な化学工場を建設する計画が話題になっている。
ベルギー政府は35億ドル(約3850億円)規模の工場建設計画を歓迎している一方で、環境保護団体はこの計画を快く思っていない。2020年10月には気候変動の活動家が建設予定地を占拠。同年11月にはベルギーの裁判所が、プロジェクトに対する異議申し立てを精査する間は樹木の伐採を停止するよう、工事の差し止め命令を出した。結論が出るまでに、長ければ1年ほどかかる可能性がある。
欧州連合(EU)は、プラスチックごみの削減と気候変動対策のために積極的な計画を打ち出している。が、それにもかかわらず、ヨーロッパのいくつかの国では米国からのプラスチックの原料の輸入が増えており、今回の新工場計画はその点でも注目を集めている。
背景には、世界的なプラスチック需要の高まりがある。しかし、この動きはヨーロッパが掲げるプラスチックごみおよび二酸化炭素の排出削減目標を損ないかねない。
だぶつく米国産の原料
米国では水圧破砕法(フラッキング)の拡大によって、石油や天然ガスを採掘する際の副産物である「エタン」が豊富に供給されるようになった。エタンはプラスチックの原料になる。その入手しやすさとコストの低さから、テキサス州、ルイジアナ州、ペンシルベニア州西部ではプラスチックの生産が急拡大した。業界団体である米国化学工業協会(ACC)によると、2010年以降に計画または完了したフラッキング関連の石油化学プロジェクトは350件近くに上り、総費用は2000億ドル(約22兆円)を超える。
それでも、米国の工場の需要をはるかに超えるエタンが産出するため、フラッキングを行う企業は安価なエタンの輸出に力を入れているのだ。2016年には、特注の大型船を何隻も使って大西洋経由で運ぶようになり、英国、ノルウェー、スウェーデンのプラスチックメーカーが米国産のエタンを入手できるようになった。
プラスチックメーカーが所有する「エタンクラッカー」と呼ばれる工場では、800℃前後の熱と圧力をかけて、エタンをエチレンという気体に分解(クラック)する。その後、圧力および触媒の力を借りて、エチレンは一般的なプラスチックであるポリエチレン樹脂になる。
このプロセスでは膨大なエネルギーを使用するため、二酸化炭素の排出も相当な量になる。つまりプラスチック生産の拡大は、気候に悪影響を及ぼしうるのだ。また、世界中の土地や河川、海洋などを荒らすプラスチックごみが増える恐れもある。
2019年に調査・提言団体「国際環境法センター(CIEL)」が発表した報告書によると、エタンやその代替原料であるナフサの分解に伴う二酸化炭素排出量は、2015年には世界全体で石炭火力発電所52基分に相当した。このままプラスチック産業が拡大すれば、2030年には69基分相当を排出することになるという。
「地球温暖化危機とプラスチック危機が重なっているときに、プラスチック増産のために化石燃料を使う新設備に投資するなど、まったくもってナンセンスです」と、ドイツを拠点にベルギーの工場建設に反対するキャンペーンを展開しているアンディ・ゲオルギュー氏は言う。「というより、この2つはどちらも同じ危機の一部です」