地球温暖化で、猛暑下での生活を余儀なくされる人々が増える。環境に配慮しつつ、快適に暮らすための方策はあるか。
人間の体には、熱を放出する仕組みが主に二つ備わっている。
一つは、血管が広がり、皮膚に熱が送られて放出されるというもの。もう一つは、大量に出た汗が蒸発したときの気化熱で皮膚が冷やされるというものだ。こうした仕組みがうまく働かなくなると死に至る。
熱中症で体温が上がると、拡張した血管にたっぷり血液を送るために心臓と肺はフル稼働する。心臓の働きが追いつかなくなると、血圧が急低下し、めまいがしたり、よろけたり、ろれつが回らなくなる。大量の発汗で塩分が失われるため、筋肉のけいれんも起きる。多くの患者は混乱し、時には意識が混濁して、すぐにも助けが必要なことに気づかない。
大量の血液が皮膚に送られると、臓器に流れ込む血液が減る。すると血流の低下が引き起こす一連の反応で、細胞が破壊される。人によっては深部体温が42℃まで上がっても何時間かは耐えられるのだが、40℃で命を落とす人もいる。乳幼児と高齢者は概して熱に弱い。健康であっても、高齢になると熱中症のリスクは高まる。理由の一つは、加齢に伴って汗腺が小さくなり、汗が出にくくなること。また、多くの高齢者が服用している処方薬が感覚を鈍らせるという影響もある。喉の渇きを感じないため、十分に水分を摂取しない場合も多い。そうなると体は残ったわずかな水分を失わないよう発汗を止め、逆に寒気がして震えることもある。
この時点で心臓発作を起こすこともあるが、より健康な人も視野狭窄(きょうさく)や幻覚に襲われる。また、神経が過敏になって、衣服が肌に触れただけでもひりひり痛み、着ているものを次々に脱ぎ捨てる。血圧が低下するにつれて、意識を失うこともある。ここまで来ると心筋も含め、筋肉組織が正常に機能しなくなる。消化管から毒素が血流に入り始め、循環器系は何とかダメージを防ごうとして、どんどん血栓をつくりだす。その結果、腎臓、胆嚢(たんのう)、心臓など重要な臓器がさらに危険にさらされて、ついには死に至る。
フランスを襲った熱波
2003年夏、欧州大陸の西部と中部の上空に高気圧が居座った。地中海の上空で極度に暖められた巨大な気団が、大西洋から吹き込む比較的冷たい空気を数週間にわたって遮り、フランスでは気温が危険水準の40℃に達する日が8日間も続いた。熱が蓄積されるにつれ、死者数も増加の一途をたどった。
病院には患者があふれ、遺体安置室がいっぱいになって、冷蔵トラックや食品市場の冷蔵室に遺体が運び込まれた。当時のフランスはエアコンの普及率が低く、高齢者が自宅で熱中症になって死亡する事例が相次いだ。通報を受けた警察が玄関のドアを壊して入ると、「ドアの向こうに遺体があり、凄惨極まりない光景が広がっていたものです」とフランス救急医師会のパトリック・ペルー会長は話す。多くの遺体は死後何週間もたってから発見されたのだ。
最終的にフランスでは熱波による死者は1万5000人余りにのぼった。イタリアはさらに深刻で、2万人近い死者が出た。欧州大陸全域で死者は7万人以上。その後の分析で、この夏の暑さは欧州では過去500年間で最高を記録したことがわかった。この異常な猛暑は明らかに気候変動と関わりがある。
威力を増す熱帯低気圧、干ばつ、海面上昇、森林火災シーズンの長期化など、地球温暖化に関連するとみられる異変のなかでも、熱波の増加は最もわかりやすく、日常生活にじかに響く。世界的にこの6年間は観測史上最も暑かった。欧州では、2003年の熱波はもはや異例ではない。以後5回も大規模な熱波が襲い、19年にはフランスの46℃など、西欧の6カ国で観測史上最高の気温を記録した。