古来よりクジラ捕りの伝統を守ってきたインドネシア、ラマレラ村。だが狩りの近代化をめぐり、村内は対立していた。『ラマレラ 最後のクジラの民』の著者ダグ・ボック・クラーク氏が、「クジラ乞い」の儀式を司るシャーマンに密着した。
前編:伝統に忠実なクジラ捕りは続けられないのか、シャーマンの葛藤
その日の午後、わたしはシプリ氏を訪ねて、自分と写真家のケマル・ジュフリ氏を翌日の「クジラ乞い」に参加させてもらえるよう頼んだ。
ウージョン家の人々は、その日の夜に火山を登り始めるということだった。途中で山中にある集落で眠り、夜明け前にまた登山を再開するという計画だ。熱帯の暑さがやわらぐのを待つ間、シプリ氏とウージョン家の若者2人、パウルスという名の銛手、ケマル氏、そしてわたしは、霊廟のポーチでヤシ酒を回し飲みしていた。
若者のひとりが持っている携帯電話が鳴った。電話の相手は副業でガイドをしているクジラ漁師のフォクシー氏で、金を払うから儀式に観光客を何人か連れていきたいということだった。シプリ氏はこれを断り、電話を切ると、フォクシー氏のことを「儲け主義」だと非難した。
近くにあるマルシアヌス氏の家でも、シプリ氏の息子に追随するウージョン家の若者たちが酒を飲んでいた。マルシアヌス氏の義理の息子でストネスと呼ばれている男性がこちらへやってきて、わざと物干しを倒し、干してあったシプリ氏の服を泥だらけにした。
「馬鹿野郎!」とパウルス氏が叫ぶ。ふたりが互いに「豚」「犬」と怒鳴り合っているところに、両陣営のウージョン家の人々も加わり、罵り合いは30分にわたって続いた。日が沈み、赤い月が昇ると、シプリ氏が「血が流れるぞ」と大声を出した。
「息子はわざとやっているんだ」
ケマル氏とわたしが、このまま同行しても大丈夫だろうかと話していると、突然悲鳴が上がった。ふたりの男たちが取っ組み合いながらポーチになだれ込み、シプリ氏が急いで霊廟の中に入れとわたしたちを促した。ウージョン家の女性たちが、農作業用の鉈や大きな石など、武器になりそうなものをすべて持ち去っていった。「息子は儀式を台無しにするためにわざとやっているんだ」とシプリ氏が囁く。そして祭壇に向かって、「みんながわたしの言うことを聞いてくれさえすれば、すべてはうまくいくのです」と訴えた。
15分後、軍人のボナ氏がやってきて、へとへとになりながら争い合う人々を引き離した。ボナ氏はシプリ氏に向かって厳しい口調で「昨日、『浜辺の会議』であなたが言った通りに、一族の団結を守ってください」と告げると、今度はマルシアヌス氏にひとこと言うために立ち去った。
おすすめ関連書籍
急速に均質化する世界で、なおも伝統を保つ少数民族の貴重な記録。今後、伝統が失われたり変容したりする前に、現在の姿を写真と文章で記録した。 〔全国学校図書館協議会選定図書〕
定価:4,620円(税込)