2019年に起こった大規模な火災により、パリでもっとも有名な建造物のひとつであるノートルダム大聖堂は壊滅的な被害を受けた。フランス国民がこの大聖堂にこれほどの強い関心を寄せたのは、19世紀にビクトル・ユゴーが小説『ノートルダム・ド・パリ』を発表した時以来だろう。
建築から850年がたつ大聖堂は、中世に遡るフランスの遺産の象徴でもある。ナショナル ジオグラフィックは、火災以降ほとんど立ち入りが許されてこなかった大聖堂再建の様子を撮影、2月号で特集した。(参考記事:2月号特集「ノートルダム 再建への道のり」)
撮影を担当したのはパリを拠点に活動するトマス・バン・フトリーブ氏。ベルギー系米国人の写真家、アーティスト、映像作家で、ニューヨークの国際写真センター美術館やブリュッセルのボザール美術センターなどで作品を見ることができる。
当たり前のものなどないことに気付いた
今回の火災と再建によって、大聖堂への感謝の気持ちを新たにしたと、バン・フトリーブ氏は言う。「当たり前に存在するものなどありません。自分にとって大切なものは、常に保存し、守り、大切にするよう努力する必要があるのです」
バン・フトリーブ氏によると、かつての大聖堂は、自身を含む多くのパリ市民にとって見慣れた観光名所となっており、日常の中で気にかけることはほとんどなかったという。ところが、火災による危機にさらされたことで、氏はこの歴史ある大聖堂を違った目で見るようになった。
通常、自分が魅力を感じるのは、あまり知られておらず、見過ごされがちなストーリーだと、バン・フトリーブ氏は言う。「あまりに有名になってしまったものには、たいていの場合、わたしはあえてかかわらないようにします」
しかし今回は、昔からパリの中心として、各都市への距離測定の起点ともなってきた有名な大聖堂が、氏の好奇心をかき立てた。
世界中の人々があの火災の映像を目にし、何百万人もの人々が毎年ここを訪れているにもかかわらず、再建工事の現場へのアクセスは非常に限られてきた。(参考記事:「ノートルダム大聖堂、何が失われ、何が残ったのか」)
「内部にはあまり多くの人が入ることができず、まるでそこに秘密の世界が広がっているかのような雰囲気になっていました。何か見られないものがあれば、わたしはがぜん好奇心がわいてきて、なんとしてもこじ開けて中を見てみたいという気持ちになるのです」