森を救う四つの方法

新たな戦略と科学の力で解決策を考える

2022.04.28
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米ミネソタ大学のクロケット森林センターの近くにある試験区画。赤外線画像で光って見えるのは加熱用ランプだ。ここでは、将来の気温上昇や干ばつが、森林の複雑な生態系にどう影響を及ぼすのかを研究している。(PHOTOGRAPH BY DAVID GUTTENFELDER)
米ミネソタ大学のクロケット森林センターの近くにある試験区画。赤外線画像で光って見えるのは加熱用ランプだ。ここでは、将来の気温上昇や干ばつが、森林の複雑な生態系にどう影響を及ぼすのかを研究している。(PHOTOGRAPH BY DAVID GUTTENFELDER)
この記事は雑誌ナショナル ジオグラフィック日本版2022年5月号に掲載された特集です。定期購読者の方のみすべてお読みいただけます。

温暖化が進むなか、炭素を吸収する樹木には負荷がかかる一方だ。新たな戦略と科学の力でその解決策を探る動きが始まっている。

解決方法1

気候変動のストレスを受ける各地の森林。木々を移動させるのは、暑さに対抗する方法の一つかもしれない。

 カナダのブリティッシュ・コロンビア州のオカナガン渓谷には、優美なカラマツの森が広がっている。「本当に美しい木です」と州の森林管理官であるグレッグ・オニールは言う。「カラマツはすごいですよ。気に入った場所を見つけたら、あっという間に繁殖するんです」

 だが問題は、地球の温暖化が進むにつれ、多くの木にとって、その「お気に入りの場所」が変わりつつあるということだ。今こうして元気に育っているカラマツは、実は460キロほど南の米国アイダホ州からやって来た。もともとは比較的温暖で、冬がやや短く、降雨パターンが異なるアイダホの気候に順応してきたカラマツだが、この渓谷の気候もそれに似てきたのだ。

 森林が気候変動に追いつくために何ができるのか。このカラマツの森は、その喫緊の課題に答える実験の一環だ。オニールら森林管理官たちは米国カリフォルニア州北部からカナダのユーコン準州南部に至るこうした区画に、西海岸沿いの森から集めてきたカラマツなどの苗木を植えてきた。人の手による種の分布移動を検証するためだ。個体群をどの程度の距離や速さで北上させれば、気候変動のペースについていけるかを探っている。

 単純な問題だと、メキシコのミチョアカナ・デ・サン・ニコラス・デ・イダルゴ大学で研究しているクアウテモク・サエンス゠ロメロは言う。「気候帯は移動しますが、木は歩けません」

 人類が化石燃料を燃やし、大量の二酸化炭素を排出し始めた19世紀後半以降、地球の平均気温は約1.1℃上昇した。このままのペースで進めば、数十年以内にさらに同程度の上昇が予測される。

 樹木は大抵、極地の方向や標高の高い場所へ自分に適した気候帯を追いかけるため、森林は世界全体の平均で年間最大900メートルほど分布を広げられる。だがこの気候変動のペースに対応するためには、今の6〜10倍の速さで広げる必要がある。

 ブリティッシュ・コロンビアのように、森林が面積の約6割を占め、州経済や文化の基盤をなしている土地では、気候に合わない森は、州の存亡を左右する問題となる。別の気候帯に適応した木は、異常気象や災害、害虫の影響を受けやすいからだ。

 21世紀に入った頃、そうした懸念は現実のものとなった。干ばつが何年も続いて多くの木が弱っていたところに、暖冬でマツクイムシが北上し、1999年から2015年まで毎年、数千万本もの木が枯死。2003年には、記録的な火災によって、害虫と干ばつで衰えていた州内の森が、2600平方キロ以上も焼けた。

 2009年、同州の森林局は人の手による種の分布移動に関する世界最大の実験を開始した。オニールと同僚らは、48カ所に15種の苗木を格子状に植えた。合計15万2376本にのぼる苗木は、同州のプリンス・ジョージと米国のオレゴン州との間にある47カ所の森から集めた。

気候変動の問題に取り組むカナダのブリティッシュ・コロンビア州では、米国カリフォルニア州北部とカナダのユーコン準州南部の間にある48カ所に、15種の苗木15万2376本を植えた。この大がかりな事業は、移植する先の気候条件に適した樹種や種子の供給源を確実に選ぶことを狙いとしている。<br>1. ベイモミ、2. アメリカシラカバ、3. シトカトウヒ、4. ベイスギ、5. トウヒ交雑種、6. セイブカラマツ、7. ウェスタンホワイトパイン、8. アメリカヤマナラシ、9. ポンデローサマツ、10. ウツクシモミ、11. アラスカヒノキ、12. ベイマツ、13. ミヤマバルサムモミ、14. ベイツガ、15. コントルタマツ(PHOTOGRAPH BY REBECCA HALE)
気候変動の問題に取り組むカナダのブリティッシュ・コロンビア州では、米国カリフォルニア州北部とカナダのユーコン準州南部の間にある48カ所に、15種の苗木15万2376本を植えた。この大がかりな事業は、移植する先の気候条件に適した樹種や種子の供給源を確実に選ぶことを狙いとしている。
1. ベイモミ、2. アメリカシラカバ、3. シトカトウヒ、4. ベイスギ、5. トウヒ交雑種、6. セイブカラマツ、7. ウェスタンホワイトパイン、8. アメリカヤマナラシ、9. ポンデローサマツ、10. ウツクシモミ、11. アラスカヒノキ、12. ベイマツ、13. ミヤマバルサムモミ、14. ベイツガ、15. コントルタマツ(PHOTOGRAPH BY REBECCA HALE)

 約10年がたち、元気に育った種の多くは、約500キロ南の個体群から来たものだった。気候がすでに変化している証拠だ。2018年、初期のデータに強い手応えを感じた森林局は森林管理者に対し、州内に毎年植林される2億8000万本について、より温暖な気候帯の種苗を使うよう求める方針を正式に決定した。

 この実験は、「地元の木を植える」という、現代の森林管理における最も基本的なルールに反していた。樹木を現在の分布域から移動させることの倫理性については、州の内外で議論が巻き起こった。移植した種が侵略的外来種となって、恐ろしい問題を引き起こした過去の例がある一方、すでに人間が生態系に前例のない変化をもたらしてしまった以上、何もしないことのリスクの方が大きいという意見もある。

 ただ、人間がどれほど手を貸したところで、森林が気候の変動に適応するスピードには限界があるだろう。健全な森林を伐採してまで樹木の入れ替えを進めようという意見は出ていないため、移植先の対象となるのは、火災で焼けた土地や、すでに伐採された土地だけだ。現在のペースでいけば、州内の伐採林が完全に入れ替わるのに80年はかかる。仮に入れ替わったとしても、新しい森は、それ以上の気候変動に先回りして備えることはできない。

 ブリティッシュ・コロンビア大学のバンクーバーキャンパスで、博士課程に在籍中のベス・ロスキリーが、苗床に隙間なく植えられた、カラマツの稚樹をのぞき込んでいる。稚樹は北米西部の各地から集められたものだ。彼女は、暑さや乾燥、さらに寒さにも強い個体群を探している。「カラマツを北上させるのであれば、確実に生き残れるようにしたいのです」と話す。

 だが、その間も気候変動の圧力は高まっている。史上最悪の熱波に襲われた2021年6月、ブリティッシュ・コロンビア大学で樹木の遺伝学を研究するサリー・エトケンは、カナダと米国の国境付近を車でちょうど移動していた。そのとき、ベイマツがベタベタしたやにを出し、気分が悪くなるほどのにおいを漂わせるのに遭遇し、ぞっとしたという。「あんなに強いストレスを受けている木は見たことがありません」とエトケンは語る。翌日、その地域に大規模な山火事が起こり、同年の秋には、前例のない異常な降雨によって、土砂崩れが数週間も続いた。

 そうした気候の脅威を目の当たりにしても、エトケンはきっぱりと「何をやっても無駄、ということではありません」と言う。「変化に適応する方法を見つけるだけです」

米国ミネソタ州クロケット近郊の試験区画で、ヒーターで暖めた土壌中の二酸化炭素量を測定するランド・ビエリ。遠くは南部のオクラホマ州から苗木を取り寄せ、気候変動への耐性を調べている。(PHOTOGRAPH BY DAVID GUTTENFELDER)
米国ミネソタ州クロケット近郊の試験区画で、ヒーターで暖めた土壌中の二酸化炭素量を測定するランド・ビエリ。遠くは南部のオクラホマ州から苗木を取り寄せ、気候変動への耐性を調べている。(PHOTOGRAPH BY DAVID GUTTENFELDER)

ナショナル ジオグラフィック協会は世界の素晴らしさに光を当て、保護することに取り組む活動の一環として、エクスプローラーの写真家デビッド・グッテンフェルダーを2014年から支援しています。

文=アレハンドラ・ボルンダ(ナショナル ジオグラフィック 英語版編集部)

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