1860年7月のある夜、米国アラバマ州モービルの北を流れる川で、米国最後の奴隷船に火が放たれた。
モービルの裕福な実業家で奴隷所有者のティモシー・ミーアーが、米国に奴隷を密輸できるかどうかの賭けをし、そのミーアーから依頼された船長のウィリアム・フォスターは、全長26メートルの木造船「クロティルダ」号を操って、現在のアフリカ、ベナンにあるウィダーの港から米国まで戻ってきたところだった。船には110人のアフリカ人が乗せられていた。米国ではすでに50年以上前から、国際奴隷取引が違法とされていたにもかかわらずだ。
奴隷となったアフリカ人を闇に紛れて大急ぎで下船させた後、フォスターはクロティルダ号に火をつけた。船を沈没させて、自分たちが犯したこのおぞましい犯罪の痕跡をすべて消し去ろうとしたのだ。
2022年5月、考古学者、ダイバー、法医科学者からなるチームは、2019年にモービル川で見つかったクロティルダ号の調査を実施した。5月12日にアラバマ歴史委員会(AHC)が開いた記者会見で、科学者らは、クロティルダ号の水没した船体内部から複数の遺物を発見したと発表した。炭化した木材もそのひとつで、160年以上前に行われた犯罪を火事によって隠蔽したことを直接指し示すものだ。
「数多くの遺物が見つかり、その中には火災と沈没を示す衝撃的な証拠も含まれています」と、このプロジェクトに携わる考古学者のジェームズ・デルガド氏は言う。「クロティルダ号についてわかっていることは、先週だけで倍増しました」
また研究者らは、1860年にクロティルダ号でアラバマに連れてこられたアフリカ人についてより詳しい情報を得るために、ヒトDNAの痕跡の回収を試みている。「細胞物質は、船体底部にたまった堆積物の中に存在する可能性があります」と、米ウェスタンカロライナ大学の法医科学者で、クロティルダ号から回収された物質の遺伝子分析を主導するフランキー・ウェスト氏は言う。なお、このプロジェクトにはナショナル ジオグラフィック協会が資金提供している。
クロティルダ号の残骸は、モービル川の濁った水の中に160年以上沈んでいた。それでも、奴隷たちの体から落ちた皮膚細胞や爪、髪の毛、また奴隷たちが閉じ込められていた間に蓄積した糞便、吐瀉物、血液などに、今もDNAが残っている可能性がないとはいえない。遺伝的な証拠は、船内部の奥底にたまった堆積物や、船体の板から見つかる可能性が高いとみられる。
「もし船倉のない船だったなら、あるいは上部のデッキだけしか残っていなかったなら、DNAの回収はとうてい望めなかったでしょう」と、ウェスト氏は言う。「しかし、この船には閉鎖空間が存在し、そのおかげでDNAが採取できる見込みがあるのです」