トランスジェンダーの歴史:性別二元論に挑戦してきた人々

「彼女」と呼ばせたローマ皇帝から現代のプライド運動まで

2022.06.29
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ラスベガスのホテルサハラにて、ダイヤモンドの婚約指輪をつけたクリスティーン・ジョーゲンセン。退役軍人であるジョーゲンセンは、性別適合手術を受けたことでメディアに大きく取り上げられ、世界中でトランスジェンダーのアイデンティティーを代表する顔となった。(BETTMANN ARCHIVE/GETTY IMAGES)
ラスベガスのホテルサハラにて、ダイヤモンドの婚約指輪をつけたクリスティーン・ジョーゲンセン。退役軍人であるジョーゲンセンは、性別適合手術を受けたことでメディアに大きく取り上げられ、世界中でトランスジェンダーのアイデンティティーを代表する顔となった。(BETTMANN ARCHIVE/GETTY IMAGES)

 1952年、ある若い女性が家族にあてて手紙をしたためた。26歳のクリスティーン・ジョーゲンセンはこのとき、デンマークで医学的な処置を受けた後、米国に戻る準備をしている最中だった。手紙をしたためるという行為自体は、特に珍しいものではない。しかし、その内容は彼女にしか書けないものだった。

「わたしは大きく変わりました」。彼女は家族にそう告げ、数枚の写真を同封している。「けれど、わたしはとても幸せなのだということを、どうかわかってほしいのです……自然が過ちを犯し、わたしはそれを正しました。今のわたしはあなた方の娘です」

 こうしてジョーゲンセンは、性別適合手術を受けたことが広く知られている最初の米国人となった。男性的な見た目をした兵士であった人物が、洗練された女性として世間の注目を集める存在となったこの驚くべき移行は、トランスジェンダーの可視化における重要な分岐点となっていく。

性別適合手術を受けた後、クリスティーン・ジョーゲンセンはナイトクラブのエンターテイナーになった。写真はロサンゼルスでステージ衣装に囲まれながら、彼女の性別適合の話を熱心に取材する記者たちに話をしているところ。(BETTMANN ARCHIVE/GETTY IMAGES)
性別適合手術を受けた後、クリスティーン・ジョーゲンセンはナイトクラブのエンターテイナーになった。写真はロサンゼルスでステージ衣装に囲まれながら、彼女の性別適合の話を熱心に取材する記者たちに話をしているところ。(BETTMANN ARCHIVE/GETTY IMAGES)

「トランスジェンダー」という言葉が生まれたのはそれから約10年後、広く使われるようになったのは1990年代になってからのことだ。しかし、トランスジェンダーの歴史は、ジョーゲンセンによってその存在が広く知られるようになるはるか以前から始まっていた。

 トランスジェンダーの歴史を記録するという行為は一筋縄ではいかない。しかしそれは、人々が考えるよりもずっと広範な要素を含み、大きな喜びに満ちたものだと、米ジョンズホプキンス大学の歴史学准教授ジュールズ・ギル=ピーターソン氏は語る。

 トランスジェンダーの歴史には汚名、暴力、抑圧がつきものだが、それでもトランスの人々は「非常に興味深く、豊かで、幸せで、活気のあるトランスライフを送っていました」と氏は言う。そして彼らは、多くの証拠も残している。「彼らは概して、よく見える場所に紛れているのです」(参考記事:「トランスジェンダー団体が初の本格参加、インドの巨大宗教行事 写真14点」

「彼女」と呼称されることを求めたローマ皇帝

 人類の歴史を通じて、ジェンダーバリアンス(従来の男性・女性という規範と一致しない性的なアイデンティティーや行動)の存在を示す証拠は数多く存在する。

 特に古いものとしては、ガラやガッリと呼ばれた者たちについての記録がある。彼らは古代シュメール、アッカド、ギリシア、ローマにおいて、出生時に男性に割り当てられた僧侶であり、多様な女神への信仰の一環として性別の境界を越えた。

 そのほかの文化においても第三の性は認められており、北米先住民コミュニティーにおける「トゥースピリット(two-spirit:男女2つの精神を併せ持つと自認する人々)」や、南アジアにおいて儀式の役割を担うノンバイナリーの人々「ヒジュラー」などの例がある。

性別二元論に挑戦した人々は常に存在した。南アジアのコミュニティーでは、ヒジュラーと呼ばれる第三の性が認められている。写真は現在のバングラデシュに当たる東ベンガルで1860年代初頭に撮影されたもの。(BRIDGEMAN IMAGES)
性別二元論に挑戦した人々は常に存在した。南アジアのコミュニティーでは、ヒジュラーと呼ばれる第三の性が認められている。写真は現在のバングラデシュに当たる東ベンガルで1860年代初頭に撮影されたもの。(BRIDGEMAN IMAGES)

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