この記事は雑誌ナショナル ジオグラフィック日本版2022年8月号に掲載された特集です。定期購読者の方のみすべてお読みいただけます。
急増する中間層の需要を満たしながら炭素の排出量を削減するという大きな課題に挑戦しているインド。地球の未来はその行方に左右されそうだ。
2021年9月の蒸し暑い朝、高校の講堂には200人の人が詰めかけていた。
ここはインド中部に位置するマディヤ・プラデーシュ州の小さな町ラーイセーン。チェタン・シン・ソランキは、10カ月前から寝泊まりしているバスを降り、講堂に入った。彼の話を聞こうと生徒や教師、職員たちが待ち構えている。
40代半ばのソランキは、インド工科大学ムンバイ校の教授で、太陽エネルギーを研究しているが、2020年後半から大学を休職している。11年がかりの計画で、気候変動対策を推進するためにインド全土をバスで回っているのだ。彼のバスは、いわば再生可能エネルギーの実演車で、取り付けた太陽光パネルで車内にある照明、扇風機、コンピューター、電気こんろ、テレビの電気をすべてまかなっている。集まった人々の歓迎を受けながら講堂のステージに上がったソランキは、少し変わった提案をした。
「この講堂の天井には、15個の扇風機が回っています。今は昼間で、外は太陽が出ていてとても明るいのに、たくさんの照明もついていますね。これだけの扇風機と照明が本当に必要なのでしょうか。いくつか消しても大丈夫かどうか、確かめてみましょう」
2人の生徒が立ち上がり、スイッチを切った。照明と扇風機が半分に減った講堂は、暗くなり、暑くなった。でも、本当に困るほどのことなのかと、ソランキは問いかけた。「お互いの顔はちゃんと見えますよね。つまり、これで十分だということなんです。扇風機を止めても、暑くて我慢できないなんてことはないでしょう?」
ソランキがインド人に広めようとしている「エナジー・スワラージ」(エネルギーの自給自足)運動は、2本立てで展開されている。一つは、直接的にはエネルギー使用を、間接的には大量消費を減らしてエネルギーの節約を呼びかけるもので、講演はその活動の一環だ。もう一つは、地域発電の推進で、太陽光などの再生可能エネルギーを用いて、すべての町で電力の自給自足を実現することを目指している。経済が拡大し、人口が中国を抜く15億に達するとみられるインドでは、温室効果ガスの排出量がこの10年間で急増すると予測されているのだ。
「経済成長の飽くなき欲望が、地球の気候を急速に変えようとしています」と、ソランキは聴衆に訴える。「傲慢な私たちは、後先を考えることなく、消費を拡大できると思っています。けれども、地球の資源には限りがあります。今やり方を変えないと、子や孫の世代が大変な苦労をすることになります」
ソランキは小さな村の生まれで、家族のなかで大学を卒業したのは彼が初めてだった。インド工科大学で太陽電池の技術研究センターを創設したソランキは、草の根レベルの太陽光発電革命を起こそうと、NPO「エナジー・スワラージ財団」を設立する。財団では、地方の女性たちが太陽光発電のランプとパネルを組み立てて販売できるように指導している。敬愛してやまないマハトマ・ガンジーが生きていたら、この気候危機にどう対応しただろう。そう考えたソランキが3年前に思いついたのが、この全国行脚だ。ガンジーが植民地時代に英国の政策に抗議し、25日かけて388キロを歩き通した歴史的な「塩の行進」のように、民衆運動のうねりを起こしたいと彼は考えている。