大きな森を支える小さな生命

ドイツの「黒い森」の土を顕微鏡でのぞいてみたら

2022.08.29
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約1300種が確認されているクマムシという緩歩(かんぽ)動物の新種。ドイツの黒い森で、枯れ木の幹に生えていたコケの中から見つかった。小さくて肉眼ではとても見えないが、クマムシは林床にすむ数十億もの生物の一つで、地球の健康にとって欠かせない存在だ。2,400倍に拡大(PHOTOGRAPH BY OLIVER MECKES AND NICOLE OTTOWA)<br><br><画像の作成方法><br>この記事の画像は、走査型電子顕微鏡で作成された。光の代わりに電子線を利用することで、微細な表面構造を観察できる。さまざまな生物の違いを目立たせるように着色した。
約1300種が確認されているクマムシという緩歩(かんぽ)動物の新種。ドイツの黒い森で、枯れ木の幹に生えていたコケの中から見つかった。小さくて肉眼ではとても見えないが、クマムシは林床にすむ数十億もの生物の一つで、地球の健康にとって欠かせない存在だ。2,400倍に拡大(PHOTOGRAPH BY OLIVER MECKES AND NICOLE OTTOWA)

<画像の作成方法>
この記事の画像は、走査型電子顕微鏡で作成された。光の代わりに電子線を利用することで、微細な表面構造を観察できる。さまざまな生物の違いを目立たせるように着色した。

この記事は雑誌ナショナル ジオグラフィック日本版2022年9月号に掲載された特集です。定期購読者の方のみすべてお読みいただけます。

ドイツ南西部の「黒い森」の土を顕微鏡でのぞくと、思いもよらない不思議な光景が広がっている。世界各地の森林生態系で見られる微生物の世界だ。

 森の土をひとつかみ、手に載せてみてほしい。ドイツの黒い森、米国アラスカ州のトンガス国有林、ニュージーランドのワイポウアの森、どの土でも構わない。その土を目の前に持ち上げてみよう。何が見えるだろうか?

 もちろん土だ。軟らかく肥沃(ひよく)で、ココアのような色の土。そして松葉や腐りかけた葉、コケや地衣類のかけら。まぶしくて逃げようとするミミズや、急に高さが変わって混乱するアリの姿も見えるかもしれない。だが、土の中にはそれよりはるかに多くのものがいることを、微生物土壌生態学者のスー・グレイストンは知っている。

 グレイストンに土への愛情が芽生えたのは、子どもの頃、英国の自宅で、母親の庭仕事を手伝っていたときだった。大学に進学して顕微鏡を使えるようになった彼女は、土にすむ小さな生物に魅了され、自分の進むべき道を確信した。

 1987年に英シェフィールド大学で微生物生態学の博士号を取得すると、グレイストンはカナダの農業バイオテクノロジーの企業に就職し、その後、スコットランドのマコーレー土地利用研究所(現ジェームズ・ハットン研究所)の研究員になった。そこで始めた植物生態学者との共同研究で、その後の研究生活の大半をささげるテーマを見つけた。土壌にすむ最小の生物と最大の生物、つまり微生物と樹木の複雑な関係についての研究だ。

棘(とげ)のような突起をもつワムシが菌糸に囲まれている。ワムシは淡水の生態系によく見られる微小動物だ。土壌では、植物や土の粒子を覆う薄い水の膜の中を移動しながら、生物の死骸などを食べる。2,400倍(PHOTOGRAPH BY OLIVER MECKES AND NICOLE OTTOWA)
棘(とげ)のような突起をもつワムシが菌糸に囲まれている。ワムシは淡水の生態系によく見られる微小動物だ。土壌では、植物や土の粒子を覆う薄い水の膜の中を移動しながら、生物の死骸などを食べる。2,400倍(PHOTOGRAPH BY OLIVER MECKES AND NICOLE OTTOWA)

 グレイストンと仲間の生態学者たちは、革新的な手法で野外調査を行い、高度な遺伝子解析の技術と組み合わせて、林床にすむ生物の世界を従来よりもはるかに詳細に描いてみせた。ほぼ人目に触れることのない世界だが、もしそれがなければ、生態系は崩壊してしまう。

「地下には驚くほど多様な生物がいますが、長い間、詳しいことはわかっていませんでした」とグレイストンは話す。「でもこの20年ほどで、状況は大きく変わってきています」

次ページ:1グラムの土に最大で10億個もの細菌

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