この記事は雑誌ナショナル ジオグラフィック日本版2022年11月号に掲載された特集です。定期購読者の方のみすべてお読みいただけます。
ツタンカーメンの財宝を一堂に展示する新しい大エジプト博物館は、偉大な歴史を自分たちの手のなかに取り戻そうと奮闘してきた一つの国の象徴だ。
エジプトのギザに新設される大エジプト博物館(GEM)は、博物館に対する私たちの先入観をはるかに超えている。館長は迷彩服に戦闘靴を身に着けた少将のアーテフ・ムッターフが務め、そのポストモダンな建物はあまりに巨大で、遠目では何なのかもよくわからない。船首を思わせる突出部は、砂漠で座礁した巨大船のようにも見える。ただ、近づいてみると、外観全体にはピラミッドのモチーフが描かれ、ここから1.5キロほど離れた場所にある大ピラミッドを彷彿(ほうふつ)させる。デザインに戸惑うことはあっても、コンセプトはまざまざと伝わってくる—これはファラオにふさわしい博物館だと。
元技術者のムッターフは、背筋が伸び、リーダーとしての存在感がある一方で、優しそうな表情をしている。相当な重圧がある立場にいるが、あくまで穏やかだ。
GEMはエジプト政府の肝煎りで20年前に始まった一大プロジェクトだが、アラブの春の動乱や新型コロナウイルス感染症の流行もあって、工期は大幅に遅れている。観光収入に大きく依存し、考古学と政治が深く結びついているこの国で、ムッターフと職員たちは、博物館を大成功に導くよう厳命を受けている。
博物館の入り口に続く大きな遊歩道を歩きながら、ムッターフが手で示した先を見ると、高くそびえるピラミッド群がかげろうとなって揺れていた。博物館とピラミッドをつなぐ歩道を敷設中で、完成すれば、パリのシャンゼリゼ通りより長くなるという。
続いてムッターフは博物館の基本データを並べた。床面積は4万5000平方メートル、12の展示ホールがあり、展示品は10万点。総工費は1450億円を超えたという。
近年、政府は考古学の巨大プロジェクトを次々と進めている。ルクソールにあるスフィンクス参道の修復と再開をはじめ、カイロや、紅海に面したシャルム・エル゠シャイフやハルガダなどに大規模な博物館を新設しているが、このGEMも壮大さと大仰な演出では負けていない。
2021年4月には、政府主催で「ファラオの黄金のパレード」が開催され、古代の葬祭船を模した特別仕様の車両22台に1体ずつ王族のミイラを載せて行進が行われた。古いカイロ・エジプト博物館を出発した車列は目抜き通りを進むと、到着した新しい国立エジプト文明博物館では、アブドルファッターハ・エル゠シシ大統領の出迎えを受け、21発の礼砲が放たれた。
「ミイラのパレードは国民への意識啓発に大いに貢献しました」と話すのは、前観光・考古大臣のハーリド・エル゠アナーニーだ。「自分たちは偉大な文明の流れをくんでいること、祖先を敬うべきだということを教えてくれたのです。大エジプト博物館も、誇りと敬意、団結と強さを新しい形で発信してくれるでしょう」
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ツタンカーメン王墓発見から100年となる2022年、エジプト考古学者の河江肖剰氏に監修と執筆を依頼。ナショジオがこれまで伝えてきた若きファラオに関する記事を集めた。この1冊で、世界一有名なファラオ、ツタンカーメンの謎めいた素顔に近づける。 〔全国学校図書館協議会選定図書〕
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