古代エジプトの少年王ツタンカーメンの黄金のマスクは世界的に有名だ。だが、1922年11月にこの王の墓から見つかったほかの遺物についてはあまり知られていない。
その一つが、玄室(埋葬室)の外に見張りのように立っていた像だ。2体の像は、ツタンカーメンを冥界の神オシリスとして表現したもので、肌は死の象徴である黒に塗られている。ナショナル ジオグラフィックは、この等身大像の一つを「ツタンカーメン王墓発見100周年記念号」の表紙に採用した。
撮影したのは、25年にわたってエジプトの遺物を専門に記録し、高い評価を得ているイタリア人写真家、サンドロ・バニーニ氏。撮影の工夫や、貴重な遺物を撮影することの意味について、バニーニ氏に話を聞いた。(バニーニ氏が撮影を担当した特集「ツタンカーメン、世界を驚かせた少年王の財宝」はこちら)
大エジプト博物館での撮影
バニーニ氏は、デジタル写真が普及し始めて間もないころにエジプトでの仕事を始めた。古代の遺物の撮影で目指しているのは、見る人の感情を喚起し、その歴史的な重要性を保存すること。今回の撮影プロジェクトに参加したのも、そうした背景があるからだ。
ツタンカーメンの墓の副葬品は、間もなく開館するギザの大エジプト博物館(GEM)に展示される。ここでの撮影は新たなチャレンジだった。この博物館には大きな窓や様々な遺物からの反射があって、光の当たり具合をコントロールするのが難しい。
そこでバニーニ氏は像の周囲に布を垂らし、小さなスタジオを作ることで不要な光を遮った。さらに、撮影後の編集作業で光の具合を調整した。
「撮影後の編集で、明るい部分や暗い部分を変えることができます」と氏は説明する。「毎回、素材ではなく、写真上で光の調整を行います」
バニーニ氏は、撮影時に生まれた感情を読者が感じてくれることを期待する。
「どの写真も、私の作品であるだけでなく、人生の一瞬でもあります。それが人に伝わらないのなら、写真を撮る意味がありません」
「編集の可能性を最大限に生かす」
表紙を検討する場に写真家が編集部に提出したのは、この見張り像の写真だった。そして、わかりやすい黄金のマスクを差し置いて、知名度の低い遺物を撮ったこの写真が選ばれた。
一つの作品に取り組む際、バニーニ氏はさまざまな照明技術を駆使して複数の写真を撮影する。その後、編集作業でこれらを重ね、最終的に、美しく照らされた写真を作り出す。今回の仕事では、見張りの像1体につき48枚ほどの写真を撮り、これを重ね合わせて表紙の写真を作成した。同様に、黄金のマスクについては約160枚の写真を撮った。
バニーニ氏によれば、デジタル写真の撮影とは大部分が撮影後の編集作業であり、それが遺物を記録する最良の方法であるという。
「写真を撮りっぱなしにすることはありません」と言う。「編集の可能性を最大限に生かして初めて、このような画像を得ることができます」
写真の役割
ツタンカーメン王に対する世界の関心が今も変わらず高いのは、王の墓が発見された時代背景に負うところがあると氏は考える。破滅的な戦争(第一次世界大戦)の後で、世界は良いニュースに飢えていた。豊かで魅惑的な歴史をもつエジプトでの前代未聞の宝の発見は、新たな時代の訪れを告げるものとなった。
「ツタンカーメンは、世界の人びとの心の中で、古代文明の最も重要な存在であり続けています」とバニーニ氏は語る。
写真家は、エジプトがかつて売ってしまった遺物を取り戻す運動を始めた頃を、その目で見ていた。誰が所有するにしろ、遺物の所有権を主張する者には、それを教育に役立てられるように保存し、維持管理する責任があるとバニーニ氏は言う。
写真家には歴史的遺物を記録するという点で、明確な役割があると、バニーニ氏は考える。撮影した物の修理や復元が必要になったとき、高品質の画像は失われたものの参考として役立つだろう。
「考古学は、過去を理解するための方法です。宝探しではありません。金のかけらを見ただけで歴史を理解することはできません。これは意識的にすべき仕事です」
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ツタンカーメン王墓発見から100年となる2022年、エジプト考古学者の河江肖剰氏に監修と執筆を依頼。ナショジオがこれまで伝えてきた若きファラオに関する記事を集めた。この1冊で、世界一有名なファラオ、ツタンカーメンの謎めいた素顔に近づける。 〔全国学校図書館協議会選定図書〕
定価:1,650円(税込)