ここ数週間、全米の小児科で、呼吸困難に陥って酸素療法が必要になる患者が急増し、病床が逼迫しはじめている。今年の場合、原因は新型コロナウイルスではなく、RSウイルス(呼吸器合胞体ウイルス)だ。
RSウイルスは新たな病原体ではない。米国立アレルギー感染症研究所(NIAID)の推定によると、毎年、世界で6400万人がRSウイルスに感染し、16万人が死亡している。なかでも65歳以上の高齢者や乳幼児は入院や死に至るリスクが高く、2022年5月19日付けで医学誌「The Lancet」に発表された研究では、5歳未満の子どもの犠牲者は10万人を超えている。にもかかわらず、いまだに有効なワクチンも、汎用的な治療法もない。
ただし、それらが利用できる日は近づいている。専門家は、RSウイルスのモノクローナル抗体治療が2022年末までに承認される可能性があり、2023年のRSウイルス流行期までにはワクチンが接種できるようになっているかもしれないと予測する。(参考記事:「ワクチンはなぜ重要なのか? その歴史と仕組み」)
「これは世界的なゲームチェンジャーになるかもしれません」。米ビル&メリンダ・ゲイツ財団で肺炎プログラムの責任者を務めるキース・クラグマン氏はそう話す。同財団は、米ファイザー社に妊婦向けRSウイルスワクチンの開発資金を提供している。
ここでは、RSウイルスについて知っておくべきことや、米国でRSウイルスが流行している理由、そして専門家が有望視している新しい治療法やワクチンを紹介しよう。
RSウイルスって何?
米疾病対策センター(CDC)によると、RSウイルスは呼吸器系ウイルスの一つで、主にせきやくしゃみなどの飛沫を吸い込んだり、患者に直接または間接的に触れたりすることで感染する。また、流行に季節性があり、米国では冬に報告数が最も多くなる(編注:厚生労働省によると、日本でもかつては冬に流行していたが、2011年以降は7月頃から報告数の増加傾向がみられている)。感染したり感染させたりするリスクは誰にでもあるが、健全な免疫系を持つ人なら、軽い風邪のような症状だけで済むことが多い。
一方で、免疫が低下している高齢者は、RSウイルスから身を守ることがより難しい。免疫系が十分発達しておらず、RSウイルスにさらされたことがない乳幼児も同様だ。こういった人々は感染が重症化しやすく、脱水症状や呼吸困難などに陥ることもある。
新型コロナウイルスが登場するまでは「RSウイルスこそが乳幼児に重度の呼吸器疾患を引き起こす第一の原因でした」と、米メリーランド大学医学部ワクチン開発・国際保健センターのキャスリーン・ニュージル所長は話す。乳幼児のリスクが特に高いのは、気道が狭いからだ。1歳未満の乳児では、RSウイルスが細気管支炎(肺の気道の炎症)の原因で最も多い。
感染者急増の理由は?
米国の場合、現在の感染者数はRSウイルスの流行期なら珍しくない。今年が異例なのは、これほど早い時期から感染者が急増している点だ。ニュージル氏は、原因は新型コロナにあるのではないかと推測している。「新型コロナの登場で、呼吸器系ウイルスの季節性が大きく狂ってしまいました」。ここ2年間の新型コロナ感染対策で他の呼吸器系ウイルスへの接触機会が減り、それらへの抵抗力が低下していたところに、最近のマスク離れが加わって季節外れの感染が増えたのではないかと専門家は見立てている。
ニュージル氏は、来年以降もこの状況が続くのか、それともやがて通常のパターンに落ち着くのかはわからないという。通常のパターンでは、9月中旬ごろから症例が出始め、12月後半から2月中旬にかけてピークを迎える。また、現在の状態が今年のRSウイルスのピークなのか、今後さらに増加するのかもまだわからない。
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