世界遺産条約50年、ユネスコが直面する課題と限界

ときに無力ではあっても、世界遺産制度には今も変わらない意義がある

2022.11.30
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1996年以降、ウィーンの歴史地区には、「アイストラウム」と呼ばれるアイススケートリンクを目当てに毎年多くの人がやってくる。現在、常設のリンクを含む高層ビルの構想に対し、世界遺産委員会は、歴史地区の「顕著な普遍的価値」を損なうと批判している。(PHOTOGRAPH BY GERHARD TRUMLER, IMAGNO/GETTY IMAGES)
1996年以降、ウィーンの歴史地区には、「アイストラウム」と呼ばれるアイススケートリンクを目当てに毎年多くの人がやってくる。現在、常設のリンクを含む高層ビルの構想に対し、世界遺産委員会は、歴史地区の「顕著な普遍的価値」を損なうと批判している。(PHOTOGRAPH BY GERHARD TRUMLER, IMAGNO/GETTY IMAGES)

 2016年12月、オーストリアのウィーン市は、100年の歴史を持つコンサートホール「ウィーン・コンツェルトハウス」のすぐ隣に、アイススケートリンクを備えた高層ビルを建設する計画を発表した。

 ベートーベンやモーツァルトが活躍したウィーンには、この街を訪れた人たちがすぐに気がつく特徴が二つある。一つは、ウィーンの中心部はバロック様式の宮殿やネオゴシック様式の市庁舎などが立ち並ぶ、夢のような建築の宝庫であること。そしてもう一つは、ウィンタースポーツへの熱量の大きさだ。毎年年初に設置される冬季限定のアイススケートリンク「アイストラウム(氷の夢)」には何万人もの人々が訪れる。

 だからこそ、常設のスケートリンクを備えた高層ビルを建設しようというアイデアは、何ら議論を呼ぶものではないだろうと思われた。

オーストリアの首都ウィーン中心部に立つネオゴシック様式の市庁舎。この街の歴史地区は、2001年にユネスコの世界遺産に登録された。(PHOTOGRAPH BY ROBERT HARDING PICTURE LIBRARY, NAT GEO IMAGE COLLECTION)
オーストリアの首都ウィーン中心部に立つネオゴシック様式の市庁舎。この街の歴史地区は、2001年にユネスコの世界遺産に登録された。(PHOTOGRAPH BY ROBERT HARDING PICTURE LIBRARY, NAT GEO IMAGE COLLECTION)

 ところが、大きな異議の声が上がった。ユネスコ(国連教育科学文化機関)の世界遺産委員会が、この新たな施設はウィーン中心部の「顕著な普遍的価値」を損なうと判断したのだ。

 ウィーン歴史地区は、2001年に世界遺産に登録された。ユネスコが「守る価値が高い」と判断した世界1154件の遺産の一つだ。世界遺産委員会は、スケート施設への異議を表明した2017年以降、ウィーンを「危機にさらされている世界遺産リスト」に加えている。

「危機遺産」にはこのほかおよそ50件が挙がっていて、たとえば、シリア北部の古代村落群や米フロリダのエバーグレーズ国立公園などが含まれている。もしウィーンが適切な取り組みを行わなかった場合は、恒久的に「登録抹消」となる可能性もある。

ギャラリー:世界遺産条約50年、ユネスコが直面する課題と限界 写真7点(写真クリックでギャラリーへ)
ギャラリー:世界遺産条約50年、ユネスコが直面する課題と限界 写真7点(写真クリックでギャラリーへ)
特徴的な建物で知られるイエメンのサナアは、1986年にユネスコ世界遺産に登録された。しかし、2014年に始まった内戦が、この歴史的な街の重要な建造物に被害をもたらしている。(PHOTOGRAPH BY MOISES SAMAN, NATIONAL GEOGRAPHIC)

 2022年11月16日、世界遺産制度は50周年を迎えた。文化的な理解と平和を促進する世界的な取り組みの一環として、ユネスコが設立されたのは第二次大戦後の1945年。その27年後、歴史的に重要な遺産を軍事紛争や自然災害、略奪、経済的圧力から守るために、ユネスコの世界遺産条約が採択された。

 ウィーン歴史地区のように都市エリアにある世界遺産を保護することは、本質的な困難をはらんでいる。それは1972年の設立以来、世界遺産制度が頭を悩ませてきた課題のひとつだ。

参考ギャラリー:守りたい!危機にある世界遺産、23選(画像クリックでギャラリーへ)
参考ギャラリー:守りたい!危機にある世界遺産、23選(画像クリックでギャラリーへ)
1972年に発効した世界遺産条約第11条4項によって、都市開発や観光開発、武力紛争、自然災害、放棄などのさまざまな脅威から保護する必要がある遺産が、「危機にさらされている世界遺産リスト(危機遺産リスト)」に指定されている。その目的は、国際的な意識向上を図り、対策を推奨し、今後の被害を防ぐことにある。(Photograph by George Steinmetz, Getty Images)

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