マナティーとジュゴンが属するカイギュウ目は、英語でSirenia といい、船乗りを魅了するギリシャ神話の魔物のセイレーンが語源になっている。
同じようにマナティーに魅了された写真家のジェイソン・ガリー氏は、ナショナル ジオグラフィック誌2023年1月号の特集「大好きなマナティーを救うために」に向けて、数カ月にわたってニシインドマナティーの写真を撮り続けた。
米フロリダ州付近に生息する人気者のニシインドマナティー(フロリダマナティー)と異なり、他の2種のアフリカマナティーとアマゾンマナティーと、インド洋から西太平洋の沿岸域に生息するジュゴンのことは、まだほとんどわかっていない。国際自然保護連合(IUCN)は、狩猟や水質汚染などを理由に、これら4つの種をすべて危急種(vulnerable)に指定している。(参考記事:「フロリダマナティーが次々に死亡、「寒さか飢えか」の極限状態」)
「ニシインドマナティーについてさまざまなことがわかっているのは、水が透明な場所に集まって生息しており、よく見えるからです」と、ナショナル ジオグラフィックのエクスプローラー(探求者)でもあるガリー氏は話す。「逆に、アマゾンマナティーはほとんど見ることができず、写真に収めるのも至難の業です。地元の人に『幽霊』と呼ばれているくらいです」
今回、ある研究チームがブラジルの保護区でソナー技術を使い、野生のアマゾンマナティーを「見る」ことに初めて成功した。
体長2.4〜2.8メートル、体重290〜450キログラムほどのアマゾンマナティーは、3種の中で最も小柄だ。淡水だけに生息する唯一の種だが、生息域である川はアンデス山脈から流れ込む土砂と森林の腐敗した植物で赤茶色に濁っている。めったに見られないのも当然だ。
「アマゾンマナティーの研究は非常に難しい挑戦です。痕跡、死体、骨などを調べ、小さなことから積み上げていくしかありません」。ナショナル ジオグラフィックのチームの一員で、ブラジル北部のテフェにあるマミラウア持続可能開発研究所に所属するアマゾンマナティーの専門家、ミリアム・マルモンテル氏はそう話す。
「カワウソやカワイルカなどはもっと目につきやすいのですが、マナティーはそれらとは違い、見ることができないのです」。数十年にわたってこの仕事に携わるマルモンテル氏ですら、平均で年に1回ほどしか見かけることがないという。(参考記事:「アマゾンマナティーに会いに、アマゾンへ」)
マルチビームソナーの導入
そのもどかしさは解消に向かっている。理由は、マルモンテル氏が参加する小さな研究チームが用いる技術にある。
ナショナル ジオグラフィック協会からの資金提供を受けるチームは、マルチビームソナーという画像化技術を活用して、アマゾンマナティーの生態を記録するという先駆的な取り組みを行っている。広大なアマゾン盆地にどのくらいのマナティーが生息しているのかは、まだ誰も知らない。そのため、調査目的の一つは生息数の推定だ。保護戦略を立てるうえでも非常に重要になる。
「生息数の問題は常に頭から離れませんでした」とマルモンテル氏は言う。「いろいろな人に聞かれますが、とにかくわからないのです」