この記事は雑誌ナショナル ジオグラフィック日本版2023年3月号に掲載された特集です。定期購読者の方のみすべてお読みいただけます。
寒冷な気候に適応して生きてきたユキウサギ。地球温暖化が、その未来に影を落としているようだ。
なめらかな氷河地形が広がる英国北部スコットランドのハイランド地方。山々は背中を丸めたような姿をし、山腹には「コリ」と呼ばれる椀(わん)のような窪地(くぼち)が点在している。この北の大地には、二つの異なる顔がある。
夏の終わり、一帯はツツジ科のギョリュウモドキやヤマモモ科のヤチヤナギなどの低木に覆われ、セイヨウスノキ(ビルベリー)やコケモモが豊かに実る。だが、数週間もしないうちに、白銀の世界へと一変し、秒速30メートル近い強風が凍(い)てついた大地に吹き荒れるのだ。
こここそ、ユキウサギが生きる場所だ。この小さな哺乳類は、ユーラシア各地のツンドラや高山帯、亜寒帯にも分布している。英国にいるユキウサギのおよそ99%がスコットランドに生息しているとみられ、とりわけ北東部に位置する起伏に富んだグランピアン山脈に集中している。
2022年初めに、グランピアン山脈の一部であるケアンゴーム山地をハイキングしていたときのことだ。深く積もった雪に足を取られて四苦八苦していると、突然バタバタという翼の音がして、ライチョウが低い声で鳴きながら巣穴から姿を現した。高地の静けさを私が乱してしまったようだ。白い毛をまとったユキウサギもコリにさっと逃げ込んだかと思うと、軽やかに身を翻し、跳ねながら尾根の向こうに去っていった。
吹雪になると、ユキウサギは深い茂みや窪地を見つけて身を隠す。厚く柔らかい毛に包まれてうずくまり、先端が黒い耳を寝かせて首にぴたりとつけて、吹雪が過ぎ去るのを待つのだ。同じところに何日もとどまる場合は1時間に1度ぐらい、隠れ場所から抜け出し、伸びをしたり、ギョリュウモドキを食べたりする。