大都市ロンドンの意外な場所で発見、古代ローマの円形闘技場

100年以上も痕跡すら見つけることができなかった理由は

2023.02.25
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
夕暮れ時のロンドン。この街にはまだ多くの宝が眠り、発見されるのを待っている。(PHOTOGRAPH BY CHRIS DALTON, ISTOCK/GETTY IMAGES)
夕暮れ時のロンドン。この街にはまだ多くの宝が眠り、発見されるのを待っている。(PHOTOGRAPH BY CHRIS DALTON, ISTOCK/GETTY IMAGES)

 19世紀の後半以降、英国ロンドンの各地で公衆浴場や公共広場、神殿など、古代ローマ時代の洗練された遺跡が相次いで発掘されている。古代ローマ帝国が築いた都市ロンディニウム(現代のロンドン)の人々が、他の地域のローマ市民と同様に、様々な文化を楽しんでいた証拠だ。

 しかし、古代ローマの象徴的な建造物と言えば、円形闘技場だ。ローマ帝国の支配が及んでいた都市には必ず円形闘技場が造られ、剣闘士の戦いや動物の狩猟、公開処刑が行われていた。ならば、大都市であったロンディニウムにもそれはあったはずではないか。しかし、100年以上もの間考古学者たちはその痕跡すら見つけることができなかった。(参考記事:「古代ローマで活躍した「剣闘士」とは何か 6つの真実」

地下に眠っていた遺跡

 意外なところでそれが発見されたのは、1987年のことだった。ロンドン金融街の中心部に、ギルドホールと呼ばれるロンドン市庁舎の建物がある。そのなかに新しいアートギャラリーを作る目的で地下の基礎を検査していたところ、6メートルものがれきの下に埋もれていた2000年前の巨大な構造物に行き当たった。さらに調査を続けると、確かに円形闘技場のものに違いないと思われる湾曲した線が見つかった。

 ほとんどのローマの円形闘技場は街を囲む城壁の外に作られていたが、ロンドンの円形闘技場は大方の予想を裏切り、街のなかに作られていた。

アングロサクソンの時代、ロンドン市民はこのギルドホールと呼ばれる市庁舎で税金を納めていた。現在の建物は1440年に完成した。弧を描いた黒い線は、ここにローマ時代の円形闘技場があったことを示している。(PHOTOGRAPH BY DAVID GEE, ALAMY STOCK PHOTO)
アングロサクソンの時代、ロンドン市民はこのギルドホールと呼ばれる市庁舎で税金を納めていた。現在の建物は1440年に完成した。弧を描いた黒い線は、ここにローマ時代の円形闘技場があったことを示している。(PHOTOGRAPH BY DAVID GEE, ALAMY STOCK PHOTO)

 その後さらに、傾斜のついた外壁が発見された。そこから中心の闘技場を囲む内壁まで、階段状に観客席が並んだ構造になっている。闘技場の入り口まで続く幅7メートルの通路は、そのままの形で残されていた。剣闘士や処刑される犯罪者、動物たちが、闘技場へ入場する際に使っていた通路だ。入り口の両側には跳ね上げ戸のついた小さな部屋があるが、これは更衣室や礼拝所、または動物を入れる檻として使用されていたと考えられている。また、内側に木の板が張られた排水溝と、その先にある排水槽も発見された。

 2000年には、闘技場南側の入り口の上に作られた13世紀の要塞門跡が発見された。

 しかし、当時の日常生活を何よりも鮮明に伝えるのは、こまごまとした小さな遺物たちだ。骨で作られたボードゲームのコマは、ショーの開始を待つ間、観客たちが時間つぶしに遊んだものだろうか。ギリシャやエジプト産の緑と紫の大理石は、当時の建造物の壁を彩り、ロンドンの灰色の空によく映えていたに違いない。

 剣闘士の彫刻が施されたフランス製の赤い器は、中流階級にも手が届くほどの価格で売られ、土産品として購入されたり、観客の夕食を提供する際に用いられた。そして、闘技場の排水溝のなかで見つかった呪いの札。巻物のように丸められた薄い鉛のシートに、自分が応援する剣闘士の敵が闇の力によって打ち砕かれるようにと願った呪文が刻まれていた。

 こうして、ローマの円形闘技場はロンドンのどこにあったのかという数十年にわたる議論に終止符が打たれた。建造に使用された木材やその他朽ちやすい素材は、水に浸った状態だったおかげで分解することなく、現代まで状態よく保存されていた。(参考記事:「古代ローマ時代の小さなお宝23点が教えてくれる2千年前の日常」

ロンドンの庭園内に今も残るローマ時代の城壁。防御用の堀の一部として、1500年以上使用されていた。(PHOTOGRAPH BY WHITEMAY, ISTOCK/GETTY IMAGES)
ロンドンの庭園内に今も残るローマ時代の城壁。防御用の堀の一部として、1500年以上使用されていた。(PHOTOGRAPH BY WHITEMAY, ISTOCK/GETTY IMAGES)

次ページ:食べ物と娯楽さえ与えておけば

ここから先は、「ナショナル ジオグラフィック日本版」の
会員*のみ、ご利用いただけます。

会員* はログイン

*会員:年間購読、電子版月ぎめ、
 日経読者割引サービスをご利用中の方、ならびにWeb無料会員になります。

おすすめ関連書籍

ローマ帝国

誕生・絶頂・滅亡の地図

1000年にわたり地中海世界に存在し、覇者として君臨したローマ帝国。この魅惑の帝国が歩んだ足跡を、20枚を超える詳細な地図、そして図解、イラスト、写真とともにたどる。 〔全国学校図書館協議会選定図書〕

定価:1,540円(税込)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加