見渡す限りの海面をナガスクジラの群れが埋め尽くし、その吐く息によって水平線はかすんでいた。
2022年1月、極地探検クルーズ船「ナショナル ジオグラフィック・エンデュアランス」号の乗客と乗員は、南極半島の近くでこの神秘的な光景に遭遇した。商業捕鯨によってナガスクジラが絶滅の危機に追い込まれてからは、観測されることのなかった規模の大群だ。(参考記事:「【動画】巨大クジラが300頭を超える「大宴会」、撮影に成功」)
「コロネーション島の北を航行していた私たちを出迎えたのは、信じられないような光景でした。水平線のあちらこちらでクジラたちが潮を吹き上げていたのです」と、動物学者のコナー・ライアン氏は語る。ライアン氏は、クルーズ旅行会社「リンドブラッド・エクスペディションズ」が運航する「ナショナル ジオグラフィック・エンデュアランス」号の専属博物学者でもある。
「近づくにつれ、私たちは、クジラたちが絶え間なく潮を吹く音に包まれ、吐き出された息が水蒸気となってカメラのレンズやサングラスに降りかかるのをひっきりなしに拭っていました」とライアン氏は電子メールで伝えてくれた。
集まっていたのは、およそ830から1153頭のナガスクジラと、数頭のザトウクジラやシロナガスクジラ。お目当ては、南極半島の北に位置するコロネーション島の沖に広がるオキアミの大群だ。(参考記事:「誰も予測できなかったザトウクジラの復活」)
今回のクジラの群れを撮った写真と動画を分析した米スタンフォード大学の研究者たちは、20世紀後半にクジラが減って商業捕鯨が縮小されて以降、ヒゲクジラ類の観測例としては最大かもしれないと言う。これまでにナガスクジラの最大の群れとして記録されているのはわずか300頭余りだ。
「100年少し前なら1000頭規模の群れもそう珍しくはなかったと思います」と話すのは、スタンフォード大学の海洋生態学者であるマシュー・サボカ氏だ。同氏は、2月20日付けで学術誌「Ecology」に掲載された今回の出来事に関する論文の共同執筆者だ。
ナガスクジラの体重はおよそ80トンで、シロナガスクジラに次ぐ大きさだ。かつてはおよそ100万頭が世界中の海を泳いでいたが、100年にわたる商業捕鯨の結果、その数はおよそ98%減少した。現在、生息数は増えつつあるが、国際自然保護連合(IUCN)はナガスクジラを危急種(vulnerable)に指定している。
今回、大群が目撃されたことで、ナショナル ジオグラフィックのエクスプローラーでもあるサボカ氏は、南極海におけるナガスクジラの数の回復に希望が持てたと言う。しかし懸念は残る。ナガスクジラにとって最大の脅威の1つは、船舶との衝突、そして漁具に絡まってしまうことだ。実際、今回の遭遇でも、クジラたちが数隻の商業用のオキアミ漁船に囲まれている様子が目撃されている。(参考記事:「シロナガスクジラが漁具にからまる、救助難航」)