この記事は雑誌ナショナル ジオグラフィック日本版2023年4月号に掲載された特集です。定期購読者の方のみすべてお読みいただけます。
過去数百年にわたり世界最大の人口を誇ってきた中国だが、2023年、世界一の座をインドに譲ることになりそうだ。転換点を迎えた中国は、この先どうなるのか。
中国東部の安徽省(あんきしょう)にある丁慶子(ディンチンズー)が暮らす村は、秋を迎えて、通りが黄金色に染まりつつあった。
この地方の重要な作物であるトウモロコシが、家々の前に何千本も並べられ、天日干しされているのだ。35歳になる溶接工の丁が、子どもの頃から慣れ親しんできた光景だ。しかし、さまざまな面で、昔とは生活が大きく変わった。空き家が目立ち、子どもたちの声も聞こえない。丁は何年も前から結婚相手を探しているが、村には若い女性はほとんどいない。いたとしても、家も買えなければ、花婿側から花嫁の家族に贈る財産である「婚資」も払えない自分と結婚してくれる女性はいない。「うちは裕福じゃないですから」と、丁はぼやく。
丁のおばは庭でトウモロコシの皮をむきながら、そんな「売れ残った男たち」の結婚事情を嘆く。村には丁のような30代から40代の独身男性がほかに何十人もいるのだ。愛する人と家庭をもつというささやかな希望は、中国における人口動態の大変動という厳しい現実に打ち砕かれている。
何十年もの間、出生率が急落してきた中国では、取り返しがつかない人口減少が始まった。この流れは今後数十年間、中国のみならず世界全体に波紋を広げるだろう。安徽省では、すでに影響が出ている。丁の花嫁探しが難航しているのは、男女の数の差が大きいからだ。彼が生まれた当時、安徽省の新生児は女子100人に対して男子131人の割合だった。伝統的に男子を欲しがる傾向に加えて、現在は廃止された一人っ子政策が招いた結果だ。現在の中国では男性が女性より約3000万人も多く、その半数以上が結婚適齢期を迎えている。
この厳しい数字が、丁を結婚市場から締め出したのだ。彼が最初に付き合った恋人に結婚を申し込んだときは、新築の家を買えなかったために相手の両親が渋った。丁の両親は息子を結婚させたい一心で、借金をしてお金をかき集め、車を買い、近くの町のマンションをリフォームした。花嫁側に支払う婚資はおよそ390万円。紹介業者に依頼しても、ここ何年もの間で、お見合いまでこぎ着けたケースは数えるほどだ。中国では結婚できない男性を「枯れ枝」と呼ぶ。一族の木に実をつけることができないからだ。丁の親族も、集まれば話題は「枯れ枝」のことばかり。「とても耐えられません」と、丁は親戚の集まりを避けるようになった。
14億を超える国民がいるのに人口不足に陥るとは、矛盾していると思われるだろう。中国はその歴史を通じて、膨大な人口が国の代名詞であり、強さの秘密でもあった。紀元前221年に秦の始皇帝が万里の長城を建設したときは、100万人の労働者が動員されたという。当時の世界人口の4分の1以上を擁した王朝にふさわしい壮大な事業だ。それから2000年以上がたち、中国が21世紀の超大国として台頭したときも、都市部に出てきた何億人もの地方出身者が、無限ともいえる労働力を提供した。目覚ましい経済成長が40年続いた中国は、おおよそナイジェリアの7倍、ペルーの42倍、スウェーデンの140倍もの人口が原動力となって、躍進の勢いは止まらないように思われた。