この記事は雑誌ナショナル ジオグラフィック日本版2023年4月号に掲載された特集です。定期購読者の方のみすべてお読みいただけます。
人口の3割近くを65歳以上が占め、高齢化対策で世界をリードする日本。米国人ジャーナリストがその現状を取材した。
雲が垂れ込めた土曜の朝、富山湾に面した港町の通りに人影はなかった。予定の時間が近づくまでは。
高齢の女性が一人、戸口から顔を出して、木造建築が立ち並ぶ目抜き通りをのぞいた。別の女性も路地の奥から通りに向かう。数分後、2台の軽トラックが通りに止まった。
途端に辺りが活気づいた。5人のスタッフが、先に到着したトラックから生鮮食品を運び出し始めた。すると、2台目のトラックはあっという間に、棚や赤い日よけテントを備えた小さな店舗に姿を変えた。荷台の左側は冷蔵庫になっていて、魚や肉、ヨーグルト、卵などが入っている。野菜や果物は右側、菓子類は後部に並んでいる。5、6人の買い物客が時折足を止めながら、トラックの周りを歩いて商品を見て回る。全員、高齢の女性だ。
その一人、河上美和子は87歳。近くの寺の裏手の家に一人で住んでいる。スタッフに杖を持ってもらって、小さな買い物かごを手にした。以前はこの地区にもたくさんの店があったが、5年ほど前に次々と閉店したのだという。買い物を終えると、通りを渡り、近所の86歳の女性と合流した。その女性は買った食材を運ぶのを手伝おうと、迎えに来てくれたのだ。
ここ富山市岩瀬地区では過疎が進む。若者は町を出てゆき、残った住民は年を取る一方だ。こうした現象は今、日本中で起きている。日本ではここ数十年、出生率が下がり続けている。人口は2010年に1億2800万人でピークに達し、現在は1億2500万人足らず。今後40年、減り続けると予測されている。その一方で、日本人の平均寿命は延び続け、女性は87.57歳、男性は81.47歳に達した。ミニ国家のモナコを除けば、日本は世界で最も高齢化が進んだ国だ。
こうした人口動態が生活にどんな影響をもたらすかは、数字を見ただけではわからない。高齢者がどんどん増えて、若年層がどんどん減っている。その結果、町の景観から社会政策、企業の経営戦略から労働市場、そして公共施設から個人の住宅まで、日本人の生活のあらゆる側面に変化の波が押し寄せている。高齢者のために設計された、高齢者が多数を占める国。日本はそんな国になろうとしている。