この記事は雑誌ナショナル ジオグラフィック日本版2023年4月号に掲載された特集です。定期購読者の方のみすべてお読みいただけます。
季節に応じて変化する生き物たちのライフサイクル。しかし、その時期が、しだいにずれてきている。それは人間にとって何を意味するのだろうか。
米国コロラド州中西部の高山にある草地では、科学者たちが1962年から、群れで暮らすリス科のキバラマーモットの行動を調査してきた。だが近年では、地球温暖化がいかに季節にずれを生じさせ、マーモットの健康に影響を与えているかについても注意を向けている。
毎年、春が来るとマーモットは冬眠から目覚める。交尾し、出産し、ひと夏かけて食べ物をおなかいっぱいに詰め込むと、再び冬眠する。
涼しく、爽やかな夕暮れ時、米カリフォルニア大学ロサンゼルス校で博士号の取得を目指すコナー・フィルソンは、金属製のケージのわなに迷い込んでいた生後11カ月の雄のキバラマーモットを暗色の袋に収めた。アンカーと名づけたそのマーモットの成長具合を調べるため、同大学の修士課程で学ぶマッケンジー・スカーカが、DNAの採取キットでアンカーの口内から細胞の試料をかき取った後、その小さな足のサイズを測った。
マーモットの行動は変わりつつある。気候変動で冬眠からの目覚めが約1カ月早まり、その分、早くから食べ物を探さなくてはならない。だが、アンカーの状態から、大半のキバラマーモットは依然として体が大きく、健康に育っていることがわかる。早めに活動し始めることで採食する時間が増え、以前より脂肪を付けたり、多くの子を産んだりしているのだ。
季節がずれていることは、今のところ、マーモットには有利に働いているようだ。だがそれは、ほぼ確実に例外的なことなのだ。
自然界ではタイミングがすべてだ。鳥の初鳴きから、テッポウエビがハサミを打ち鳴らして出す破裂音まで、すべての重要な生態学的現象は季節の移ろいとともに始まり、終わる。だが、長い時間をかけて進化し、研ぎ澄まされてきたそのパターンが今、気候変動によって変わりつつある。そしてそれにより、ほぼすべてのもののありようが再構築されているのだ。
あらゆる海と大陸で季節が揺らいでいる。春の訪れの早まり、冬の到来の遅れ、降水の頻度と激しさの変化が、ある時には予測通りに、またある時には予期せぬ形で、自然が築き上げたリズムをかき乱しているのだ。
そのため、世界中の研究者が今、季節に応じて生き物たちがとるライフサイクル上の現象を懸命に記録している。それが「季節学」だ。その時期が化石燃料由来の温室効果ガスによって激変していることは、調査地点のほとんどで見て取れる。木の芽吹きや落葉の時期は、すでに地球上の半分を超える地域で劇的に変わった。北米大陸東岸のメーン湾にザトウクジラが集結する日は以前より19日遅くなった。だが一方で、北太平洋に生息するマアジやシロガネダラ、アラスカメヌケの産卵は早まっている。
さらに把握しづらいのは、それが動植物や人間に及ぼす影響の深刻さだ。仮にすべてが同じ方向に、同じ程度で変化していくなら、新たな自然の暦もさほど懸念することはないのかもしれない。しかし「生物種が皆、同じ反応をしているわけではありません」と、米メリーランド大学の名誉教授で、生物季節観測の第一人者であるデビッド・イノウエは話す。