この記事は雑誌ナショナル ジオグラフィック日本版2023年6月号に掲載された特集です。定期購読者の方のみすべてお読みいただけます。
ブッシュミートと呼ばれる野生動物の肉は数百万人の食を支える貴重なタンパク源だが、野生動物の絶滅を招く危険があり、人間の健康への悪影響も懸念される。代わりとなるものはあるのか?
アフリカ中部に位置するコンゴ共和国の首都ブラザビルは活気にあふれ、土曜朝のポト・ポト市場では、色とりどりのパラソルの下にさまざまな商品が並ぶ。オナー・トゥディッサは、浅い水槽の中で跳ね回る2匹の大きなナマズに目を留めた。店の女性に値段の交渉をする。日本円に換算して1000円ほどの価格を提示すると、女性は喜んでナマズをまな板に載せ、その頭になたを振り下ろした。
地元のテレビ番組への出演や、国際的な料理コンテストへの出場などの経験をもつトゥディッサがナマズを購入したのは、リボケという伝統料理を作るためだ。
ニンニク、コショウ、油、バジルを混ぜた調味液にナマズを漬け込んだ後、それをクズウコンの葉で包んでひもでしっかり縛り、炭火で蒸し焼きにする。トゥディッサは、外国産ではなく、地元の牧場で育てられた牛の肉を買う。また、ショウガ、ネギ、地元ではごちそうの生きたコオロギや、甲虫などの幼虫を買うこともあり、グリーンマンゴーのサラダや、チョコレート風味のデザートに好んで使う。
11年前、ブラザビルの軍の武器庫で爆発が起きて246人が死亡する惨事があり、トゥディッサが経営していた人気レストランも、この事故で全壊した。現在、トゥディッサが取り組んでいるのは、野生動物の肉、いわゆる「ブッシュミート」を使わなくてもコンゴ料理は作れると証明することだ。レイヨウ、サル、ヤマアラシ、それに絶滅が危惧されているゴリラやゾウ、センザンコウまで、さまざまなブッシュミートはこの国の食文化に深く根づいているが、トゥディッサはそれを変えようとしている。「動物を全部殺してしまったら、その姿を見る機会がなくなってしまいます」。混雑した市場を歩きながら、トゥディッサは言った。「私の料理で使うのは自然の食材です。川や農場、森などで取れたものですが、ブッシュミートは使いません」
好景気に沸くブッシュミート市場
ニューヨークに本部を置くNPOで、野生生物を密猟や環境破壊などから守る活動をしている野生生物保護協会(WCS)は、現地のコンゴ人スタッフとともに「森林からフォークまで(フォレスト・トゥ・フォーク)」という運動を展開しており、トゥディッサもこれに参加している。この運動は、特定の食材の使用を禁じるのではなく、地域色豊かな料理を大切にして、前向きなメッセージを伝えることに力を入れる。
ブッシュミートの売買は、アフリカだけでなく世界中の森を空っぽにしつつある。ブッシュミートの消費が、地球上の300種を超える陸生哺乳動物を絶滅の危機に追いやっているという調査結果もある。南米のアマゾン川流域では、200種がブッシュミートとして狩られ、年間100万トン以上の肉が流通している。また、アジアでは都市部の需要が増加して、ブッシュミート市場が好景気に沸いている。過去10年間に発表された研究を見ると、たとえばベトナムでは富裕層の男性が威信を示し、社会的地位を獲得する手段として野生動物の肉を食べたがるという。アフリカのマダガスカルでは、世界中の観光客に人気のあるキツネザルが、農村部の家庭の食卓に上る。さらに都市部ではぜいたく品としての需要が高まって、ブッシュミートが2倍の高値で売れるため、キツネザルの一部の種は生存が危ぶまれている。