シャチの船への集団攻撃が多発、沈没も、ケガの仕返し? 遊び?

おとなのメス「ホワイトグラディス」が発端か、イベリア半島沖

2023.05.30
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ニシンを狩るシャチの群れ。シャチは高度なコミュニケーション能力と社会的能力を持っているため、イベリア半島沖で頻発する船への攻撃はシャチが計画的に行っていると考える専門家もいる。(PHOTOGRAPH BY PAUL NICKLEN, NAT GEO IMAGE COLLECTION)
ニシンを狩るシャチの群れ。シャチは高度なコミュニケーション能力と社会的能力を持っているため、イベリア半島沖で頻発する船への攻撃はシャチが計画的に行っていると考える専門家もいる。(PHOTOGRAPH BY PAUL NICKLEN, NAT GEO IMAGE COLLECTION)
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 高い知能と優れた狩りの技術で知られるシャチ。その巧みな技でホホジロザメをひっくり返し、仲間と力を合わせて大型のクジラさえ仕留める。そして3年ほど前から注目を集めているのが、イベリア半島沖で暮らすシャチの群れだ。小型船を攻撃し、時には沈没させることから、地域の船乗りたちを恐怖に陥れている。(参考記事:「【動画】サメの胸を正確無比に切り裂き、肝臓だけを食べるシャチ」

 記録に残る最初の攻撃は2020年5月にジブラルタル海峡で起きた。以来、数十件の事例が報告されているが、その内容は驚くほど似通っている。たいていは、数頭のシャチの群れが小型のヨットの舵(かじ)を攻撃し、泳ぎ去るというものだ。

 2022年の6月と11月には2隻の船が沈没した。2023年5月にはひどく破壊された船が、岸に曳航される途中で沈没している。(参考記事:「シャチが地球最大のクジラを襲撃し食べる、初の報告」

シャチの攻撃はなぜ始まったか

 学術誌「Marine Mammal Science」の2022年10月号に掲載された論文によると、攻撃に関わっているのは、2つのグループに分かれる9頭のシャチ。ひとつは3頭から4頭の若いシャチからなるグループで、もうひとつは「ホワイトグラディス」と名付けられたおとなのメスが率いる、さまざまな年齢のシャチによるグループだ。9頭の中でホワイトグラディスだけがおとなのメスであることから、彼女はかつて船との事故に巻き込まれた経験から報復行動を起こしていて、若いシャチたちは彼女の行動をまねているのだろうと、論文の著者らは推測している。

「シャチが決まって攻撃するのは舵で、ヨットばかりであることから、メスあるいはその子どもが船のスクリューや舵でケガをしたことがあるのではないかと、一連の攻撃が始まった当初から考えていました」と米国アラスカ州でシャチを追跡調査する非営利団体「North Gulf Oceanic Society」の野外生物学者ダン・オルセン氏は言う。

 しかし、シャチの行動が悪意あるものだという説に皆が納得しているわけではない。理由のひとつは、シャチの関心が船そのものだけに向けられており、乗っている人には無関心だということだ。船が沈み始め、乗員が救命ボートに乗り移っても、シャチはまったく興味を示していない。

「シャチはただ楽しく遊んでいるだけとも考えられます」と言うのは、ノルウェーにあるアンデネス・ホエール・センターの共同創設者で、最近出版された書籍『The Killer Whale Journals(シャチ日誌)』の著者であるハンネ・ストレーガー氏だ。

新しい遊びの形

 ストレーガー氏は2022年11月に沈没した船に乗っていた生物学者から話を聞いている。「彼は『攻撃されているようには感じなかった』と言っています。これは重要な証言です。生物学者のように日頃から動物と触れ合い、動物たちの様子を読み取っていると、動物が攻撃的になっているかどうかは分かるものです。そういう人がシャチに攻撃性を感じなかったと言っているのです」

 もし本当にシャチが遊んでいるだけであれば、いずれ遊びに飽きて船への攻撃が終わることもありうる。世界中の海で、新しい行動を始めるシャチが目撃されている。その行動を取る明らかな理由は、ただ楽しんでいるだけという以外に考えられず、しかもある日、始めたときと同じように突然やめてしまい、別の行動に移るという。シャチの研究者はこれを遊びの「一時的な流行」と呼んでいる。

次ページ:海藻やクラゲで遊ぶシャチも

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