この記事は雑誌ナショナル ジオグラフィック日本版2023年7月号に掲載された特集です。定期購読者の方のみすべてお読みいただけます。
人間はいつも何かを探し求めている。自分が輝ける場所を見つけるため、限界を押し広げるため、あるいは謎めいた現象を解き明かすために。何千年もの間、人間はそんな探求を続けてきたが、まだ終わりは見えない。
探求の新たな時代を、私たちは生きている
米国の歴史は西へ西へと領土を押し広げた物語だ。押し広げられた側の視点から、その物語をとらえる博物館が、かつてのオレゴン街道沿いに一つだけある。ワシントン州やアイダホ州との州境に近いオレゴン州の片隅で、この博物館は先住民の伝統をたたえるとともに、開拓者の到来によって壊されたものを悼んでいる。訪れる人はれんが造りの建物に入っていく。それは先住民の子どもたちが教化や同化を強いられた「インディアン寄宿学校」を模した建物だ。生徒たちの等身大の写真が、1世紀以上もの過去から私たちを見返す。制服を着た彼らは小さな兵士のようだ。
「正しく語られたいのなら、自分たち自身で歴史を語るようにと言われました」と話すのは、博物館を運営するタマスツリクト文化研究所の所長であるボビー・コナーだ。この研究所は、カイユースやユマティラ、ワラワラといった先住部族が暮らすユマティラ先住民居留地にある。「その歴史とは、この世の始まりから存在する『征服』の物語です」
探求の歴史は、しばしば対比的に語られる。探求者(エクスプローラー)と高山。探求者と孤島。探求者と未接触部族。征服する者と征服される者といった具合だ。探求の定義は現在、より広範なものとなった。探求者と言えばこれまでは、冒険家や科学者などだったが、今や新たな典型が誕生した。私たちがどのようにして現在の状況に至ったかを理解するのを助ける「調停者」という探求者だ。彼らは歴史書を問い直し、それらを書き換え、過去が繰り返されることを阻もうとしている。
私たちにとって「探求」とは何か? その答えを見つけるためにまずは、「あるアフリカの小集団が世界に向けて踏み出し、消息を絶った」約6万年前に時間を巻き戻してみよう。これは、歴史家で米ノートルダム大学の教授であるフェリペ・フェルナンデス゠アルメストの言葉だ。彼は「ルート探し」と自身が名づけたプロセスを通じて、世界がどのように変容してきたかを、60年近くも研究してきた。帝国主義や宗教、科学、強欲などを動機として人間は旅をし、異なる文化が相互に衝突・交流・適応することになった。「探求の歴史とは」と彼は言う。「異なる人々を結ぶルートを引き直すことなのです」。私たちはいわば何千年もの間、最初期の祖先が人々の間に空けた距離を、良くも悪くも、解消しようと試みてきたのだ。