この記事は雑誌ナショナル ジオグラフィック日本版2023年7月号に掲載された特集です。定期購読者の方のみすべてお読みいただけます。
アマゾン川上流域のうっそうとした多雨林に、何万点もの岩絵が残っている。その岩壁を目指す探検は、無数のハチや断崖が行く手を阻む苦難の旅だった。
たばこをささげて精霊たちを慰め、旅の無事を祈りなさい。それがシャーマンの助言だった。たばこはアマゾン川流域の先住民集団にとって神聖なものだ。
南米コロンビアにあるチリビケテ国立公園の砂岩の崖下で、考古学者のカルロス・カスタニョ゠ウリベが太い葉巻に火をつけて皆に回した。私たちは懸命に葉巻をふかして煙を浴び、岩に手を置いて真剣に願いを唱える。カスタニョ゠ウリベは念を入れて、全員の頭に煙を吹きかけた。
これでやっと旅を始められる。
探検隊はカスタニョ゠ウリベと私のほか、水生生物学者でナショナル ジオグラフィックのエクスプローラーでもあるフェルナンド・トルヒーリョを含めた少人数だ。ここは道もない原生地で、一般の人々は立ち入り禁止になっている。途中で迷わないよう、探検隊にはコロンビア人の登山家やジャングルに詳しい人物も加わる。この国立公園はコロンビア最大で、密生した多雨林やテプイと呼ばれる卓状台地が独特の景観を形成しているだけでなく、赤鉄鉱で描かれた岩絵が7万5000点以上残っている。公園内の調査はめったに許可されず、今回でやっと9例目だ。
私がここに来たのは、その岩絵を見るためである。それは視覚的に伝える物語として、米大陸では最古級のものだ。アマゾン川流域に現れた最初の語り手たちが、切り立った岩壁に、ジャガーなどの動物や植物、人間や幾何学模様を描いていった。私は水中撮影が中心の写真家だが、なぜ奥地の多雨林で山をよじ登ろうとしているのか? それは岩壁に描かれたカメやワニ、アナコンダ、魚といった水生の生き物を見るためだった。
数万年前に描かれた水生動物は躍動感にあふれ、世界最大の淡水生態系であるアマゾン川と人類の長い関係を物語っている。ナショナル ジオグラフィックとロレックスによる取り組み「パーペチュアル プラネット」のアマゾン川流域調査の一環で、私はこれから2年間、高山から大海に至るアマゾン川を撮影していく予定だ。謎に満ちた先史時代の人々は、水の世界をどんなふうにとらえていたのか。旅を始めるに当たり、私はそれを肌で感じたいと思った。
私はこの25年間、まず海洋生物学者として、その後はフォトジャーナリストとして世界の海を記録してきた。サメやクジラに襲われないすべは身につけているが、ジャングルは未知の領域だ。チリビケテは探検の難度がかなり高いうえに、古代の岩絵は、外から近づくことがほとんど不可能な場所にもあった。
高い断崖の絶壁に残る岩絵にたどり着くためには、ヘリコプターに乗って出発し、途中から徒歩で移動することになる。うっそうとした多雨林をかき分け、ロープや縄ばしごで断崖を登っては下降して、暗く湿った峡谷を進む。