この記事は雑誌ナショナル ジオグラフィック日本版2023年7月号に掲載された特集です。定期購読者の方のみすべてお読みいただけます。
世界中に拡散した人類の足跡をたどる旅に出たポール・サロペックは、1万9000キロ以上を踏破して中国に入り、巨大都市やiPhoneの工場がなかった頃の暮らしを目にした。
過去10年間、世界中を歩いてきた私に、人々はこんな問いを投げかける。「自分の足で歩いてみると、現在の社会が抱えている主な課題はどんなふうに見えますか?」「歩くことで、今起きている出来事に対する見方が変わりましたか?」 あるいは、たいがいは小学生だが、もっとシンプルにこう聞かれる。「何かびっくりしたことはある?」
すぐに口を突いて出る答えもある。2500万歩、距離にして1万9000キロ以上を歩くうちに、メトロノームのように確かなリズムで体に刻まれたことだ。
一つは、ホモ・サピエンスが地球の生態系を恐ろしいまでにつくり替えてしまったこと。そして、「あらゆる文化圏を歩いて、間近に目にした不公正のうち最もひどいものは?」と聞かれたら、迷わずこう答える。男性が女性の潜在的能力に、残酷かつ独断的に、足かせをかけていることだと。常に不当な低賃金で働かされ、往々にして十分な教育を受けられず、誰よりも朝早く起きて重労働をこなし、誰よりも夜遅く眠りに就くのは、決まって女性たちだ。一方、カザフスタンの年老いた農婦から、銃を手にしたクルド人ゲリラまで、道中で出会った人々は皆、異口同音に気候変動に対する不安を口にしていた。
石器時代に人類の祖先がアフリカを出て世界各地に拡散したルートを徒歩でたどり、じっくり時間をかけて記事を書く。そんな趣旨で始めた旅、名づけて「アウト・オブ・エデン・ウォーク」で、私が目にした予想外の変化がもう一つある。私たちの祖先が多大な労力をかけてつくり上げ、何千年も受け継がれてきた風景が、今まさに失われようとしているのだ。地球上の人間の住む領域の片隅に、風前の灯(ともしび)のように残っている風景。轟音(ごうおん)を上げる重機にかろうじて押しつぶされず、変化を免れてきた風景。それを「手づくりの世界」と呼ぶことにしよう。
こうした古めかしい風景は、間近で見ても気づきにくい。地球上で最も極端に工業化が進んだ社会であり、今回の旅で私が18番目に訪れた国、「世界の工場」と呼ばれる中国に足を踏み入れて初めて、手づくりの世界はくっきりとした輪郭を伴って、私の意識に上り始めた。
それまで私は一度も中国を訪れたことがなく、頭の中はお決まりのイメージでいっぱいだった。人や車がひしめく巨大都市、時刻表通りに運行する高速鉄道、照明がまばゆいショッピングモール、自動化された港湾。つまり、人類の底なしの消費欲を満たすため、携帯電話やプラスチックのおもちゃ、太陽電池パネルや衣服など、工場で大量生産されるあらゆる製品を不眠不休で生み出す自動化された社会だ。