人類が人肉を食べた最古の痕跡か、145万年前、骨に石器の切り痕

1970年に見つかっていたヒト族のすねの骨を最新の手法で分析

2023.06.29
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145万年前の脛骨(けいこつ)についた切り痕は、食用として脚から肉を切り離すために石器が使われたことを示唆している。(PHOTOGRAPH BY JENNIFER CLARK, NATIONAL MUSEUM OF NATURAL HISTORY/SMITHSONIAN INSTITUTION)
145万年前の脛骨(けいこつ)についた切り痕は、食用として脚から肉を切り離すために石器が使われたことを示唆している。(PHOTOGRAPH BY JENNIFER CLARK, NATIONAL MUSEUM OF NATURAL HISTORY/SMITHSONIAN INSTITUTION)
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 およそ145万年前、ある人類が、仲間のひとりを食事として消費したようだ。ケニア北部の遺跡で発見された古い脛骨(けいこつ、すねの内側の骨)には、肉を切り離す処理がなされたことを示す切り痕が残っている。これは、ヒト族(ホミニン)が共食いをしていた最古の証拠となる可能性がある。論文は2023年6月26日付けで学術誌「Scientific Reports」に発表された。

 この行為は食料を必要としていた人々によって行われた可能性が高いと語るのは、論文の筆頭著者である米スミソニアン国立自然史博物館の古人類学者ブリアナ・ポビナー氏だ。「飢えた人々が、空腹を満たすために死んだ人間を食べていたのです」

食肉処理が施されたと考えられるヒト族の脛骨と、切り痕の拡大画像。切り痕はすべて同じ方向を向いており、石器を扱う手が、握りを変えることなくすべての痕を連続してつけたことを示している。(PHOTOGRAPH BY JENNIFER CLARK, NATIONAL MUSEUM OF NATURAL HISTORY/SMITHSONIAN INSTITUTION)
食肉処理が施されたと考えられるヒト族の脛骨と、切り痕の拡大画像。切り痕はすべて同じ方向を向いており、石器を扱う手が、握りを変えることなくすべての痕を連続してつけたことを示している。(PHOTOGRAPH BY JENNIFER CLARK, NATIONAL MUSEUM OF NATURAL HISTORY/SMITHSONIAN INSTITUTION)
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 これは、われわれの祖先が145万年前に共食いをしていたことを示す明らかな証拠のように見えるが、肉の処理をした者とされた者のどちらについても、種の特定には至っていない。おそらく、関わった彼ら全員が、当時一帯で支配的なヒト族であったホモ・エレクトスだったと思われるものの、ホモ・ハビリスやパラントロプス・ボイセイだった可能性もある。(参考記事:「300万年前の「意外な」石器を発見、作者はヒト属でない可能性」

 もし食べた側と食べられた側が別の種だったなら、厳密には「共食い(カニバリズム)」ではなく「人肉食(アントロポファジー)」になるとポビナー氏は言う。いずれにせよ、これらのヒト族はおそらく互いに似たような見た目をしており、肉を骨から削ぎ落とした側は、自分たちが食べる相手が誰であるかを気にしなかっただろうと氏は指摘している。

 現生人類であるホモ・サピエンスの間では、はるか昔から共食いに対する多くの文化的タブーが存在した。その結果、人間が共食いを行う際には、タブーを克服するために儀式化される場合が多かった。しかし今回のような、より初期の人類は、おそらく人肉を食べることにそうした意味を持たせることはなかっただろうとポビナー氏は言う。「これほど古い時代に儀式が存在したとは思えません」

 食肉処理が行われた理由はともかく、ポビナー氏は、今回自分が発見したものをにわかには信じられなかったという。「見たとたんに思わず『ありえない』とつぶやいてしまう、そんな瞬間でした」

謎めいた痕跡の正体は

 2017年、ポビナー氏はケニアを訪れ、ナイロビにあるケニア国立博物館に収蔵されている数十個のヒト族の骨を調査した。氏が探していたのは、骨に残る動物のかみ痕だった。それが見つかれば、初期人類がハイエナや野生ネコのようなアフリカの捕食動物に食べられていたことの証明になるからだ。

 しかし、そうしたかみ痕は一切見あたらなかった。その代わりに、あるヒト族の脛骨に切り痕のようなものがついているのが見つかった。英国の著名な古人類学者メアリー・リーキー氏が、1970年にケニア北西部のトゥルカナ地方で発見した骨だった。

次ページ:食べがいのある筋肉を骨から切り離そうとしていた?

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