彼は外科医だったという者もいる。あるいは、ただの狂人、理髪師、王家の人間、芸術家、さらには幽霊だったという説もある。「切り裂きジャック」として歴史に名を刻む殺人者は、135年前の8月31日から、英国ロンドンを恐怖に陥れた。
それからの一世紀、人々は彼の正体をさまざまに想像し、その暗い影に自分たちの恐怖や主張を投影してきた。
しかし、5人の女性たちにとって、切り裂きジャックは伝説的な怪物でも、探偵小説の登場人物でもなかった。彼こそは、自分たちの人生を恐ろしい形で終わらせた人物だった。
「切り裂きジャックは、実在の人々を殺した実在の人間でした」。著書『切り裂きジャックに殺されたのは誰か 5人の女性たちの語られざる人生』(青土社)において、被害者となった人々の人生について綴った歴史家のハリー・ルーベンホールド氏はそう述べている。「彼は伝説ではなかったのです」
被害者の女性はどんな人々だったのだろうか。5人の名前は、メアリー・アン・“ポリー”・ニコルズ、アニー・チャップマン、エリザベス・ストライド、キャサリン・エドウズ、そしてメアリー・ジェイン・ケリーだ。
彼女たちには希望があり、愛する人たちや友人がおり、中には子どもがいる者もいた。それぞれがユニークな存在だった彼女たちの人生からは、生きているときではなく、死んでからようやく自分たちに関心を向けるようになった19世紀のロンドンという街の姿が浮き彫りになる。
ホワイトチャペルの恐怖
女性たちは全員がロンドンの生まれというわけではなかったが、いずれの人生も、ロンドンのイーストエンドに位置するホワイトチャペルと呼ばれる雑然とした区画で終わりを迎えた。
「この巨大で、見捨てられ、忘れ去られたイーストロンドンという大都会のようなすさまじい光景は、世界にそうはないだろう」。ウォルター・ベザントは1882年、小説『All Sorts and Conditions of Men(あらゆる種類と階級の人々)』の中でそう書いている。「この街は、そこに暮らす住民にさえ見放されており、そして住民は、自分たちが見捨てられていることにまるで気づいていない」
ホワイトチャペルの「見捨てられた」人々の中には、ロンドンの最貧困層も含まれていた。移民、短期労働者、家族で暮らす人々、独身女性、泥棒。こうしたさまざまな人々が、定員をはるかに超えて、アパート、スラム、救貧院に詰め込まれていた。
歴史家のジュディス・ウォーコウィッツによると、「1880年代には、ホワイトチャペルは『見捨てられたロンドン』という社会問題を象徴する場所」になっていたという。ビクトリア時代の人々にとって、そこは中産階級から見れば衝撃的な、罪と貧困が混ざり合う場所だった。