この記事は雑誌ナショナル ジオグラフィック日本版2023年10月号に掲載された特集です。定期購読者の方のみすべてお読みいただけます。
史上最大にして最高の機能を誇る「ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡」が知られざる宇宙の起源に迫る。
今から138億年近く前、宇宙がまだ若かったとき、暗黒の空間に星は一つもなかった。
天文学では「暗黒時代(ダークエイジ)」と呼ぶこの時代は、その後の宇宙に誕生するすべてのものの原料となる水素とヘリウムで満たされていた。そこには正体不明の物質「暗黒物質(ダークマター)」も存在し、その重力が水素とヘリウムのガスを引きつけて複雑な網状の構造を作っていた。それが膨張して温度が下がると、ダークマターの一部が巨大な球状に固まり始め、その核にガスが集まる。「ハロー」と呼ばれるその球状の構造内部で重力が高まると、水素原子同士が融合してヘリウムが形成され、原始の宇宙における初代星(ファーストスター)が光を放つ。
宇宙に夜明けをもたらしたその火花を、私は3Dメガネをかけて見つめていた。ここは米スタンフォード大学のカブリ素粒子天文物理学・宇宙論研究所。スクリーン上では灰色で示されたダークマターが、宇宙が膨張するに従って、ハロー同士の間を糸のように枝分かれしていく。私はその様子を、感嘆しながら見守った。生まれたての恒星は、大きな渦を描きながらハローの中心に向かい、初代銀河(ファーストギャラクシー)を形成する。
科学者たちは、宇宙の起源をめぐる物語の空白を、これまで数十年かけて少しずつ埋めてきた。だが、その第1章が、この1年で書き換えられた。
それを可能にしたのが、史上最大かつ最先端の宇宙望遠鏡「ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡」だ。この望遠鏡がとらえた原始の銀河は、これまで予想されていたよりも明るく、数が多く、活動的だった。宇宙と時間の壮大な物語の幕開けは、狂騒に満ちていたのだ。
もっとも初代星は個々に検出するには明るさが足りず、ウェッブ望遠鏡で観測することはできない。だがこの時代の恒星は誕生から数百万年後、熱く燃えさかり、巨大なサイズに成長した後、超新星爆発を起こす。それは天文学上の時間にすると、ほんの一瞬の出来事だ。
「ここの動きはかなり遅くしました」と話すのは、計算宇宙論の研究者で、このシミュレーションの解説をしてくれるトム・エイブルだ。「とにかく速いんです。実際に忠実に作ったら、これよりもはるかに速い閃光(せんこう)になります」