この記事は雑誌ナショナル ジオグラフィック日本版2023年10月号に掲載された特集です。定期購読者の方のみすべてお読みいただけます。
太陽系の氷の衛星に生命の手がかりを探すには、まず地球上で調査技術を試さなくてはならない。
アクセルレバーを押すと、スノーモービルは一面に広がる雪と氷の海を快調に走りだした。
たそがれ時で周囲の景色は青く染まり、別世界にいるようだ。ここはノルウェーのスバールバル諸島。上空でオーロラが踊るように揺らめき、イッカクやシロイルカ、セイウチが周辺の海を泳ぐ北極圏のこの島々で、私は凍結したフィヨルドを一日中走り回り、町へ戻るところだった。
季節は3月で、太陽は1カ月ほど前に空に戻ってきていた。同行の10人の研究者は、ピンゴと呼ばれる独特の地形に生息する微生物を探している。ピンゴは永久凍土層に形成される大小さまざまなドーム状の丘で、地下にしみこんだ水の凍結と融解によって拡張と収縮を繰り返す。氷点下25℃前後の気温のなか、科学者たちは1日に何カ所も調査地を訪ねては、氷床コアと水のサンプルを採取した。
ピンゴに生息する微生物は、地球外生命が太陽系のほかの星、たとえば氷の外殻(氷殻)の下に海が広がる氷衛星(こおりえいせい)に存在している可能性があるかを探る手がかりになる。ピンゴ内部の微生物は、冬の間は「まったく太陽エネルギーが得られず、化学エネルギーに頼るしかないからです」と話すのは、ノルウェーのトロムソ大学の微生物学者で、今回の調査隊を率いるディミトリ・カレニチェンコだ。
限られた太陽光の下で生きる生物の研究は比較的新しい。「私たちは長い間、地球上の生物の大部分は地表にしか存在せず、完全に光合成に頼っていると考えてきました」と話すのは、カナダのトロント大学の地質学者で、地中深くにすむ微生物を研究するバーバラ・シャーウッド・ローラーだ。しかし1970年代後半、潜水調査艇アルビン号がガラパゴス諸島近くの熱水噴出孔を探索し、水深2500メートルの深海に生態系が繁栄していることを突きとめた。これによって、生命活動の限界をめぐる、それまでの概念が覆されたのだ。