海中を泳いでいたメスのマンタに、後ろから近づいてきたオスがもう少しで触れそうになった。すると突然、メスが弾かれたように前に飛び出し、回転しながら高速で泳ぎ始めた。オスも、あおむけになってキラキラと光る太陽に腹を見せながら、律儀にメスの後を追った。しかし、今度は別の2匹が最初のオスを追い越し、我先にとメスを追い始めた。(参考記事:「動物大図鑑 マンタ」)
これは、「クリッターカム」が捉えた数十時間にも及ぶ映像の一部だ。クリッターカムとは、野生動物の体に取り付けてその生態を観察するために、海洋生物学者のグレッグ・マーシャル氏が1986年に考案したカメラだ。
深度と海水温を測るためのセンサーも装備されている。これをマンタの体に取り付けるために、なんとピーナッツバターを接着剤として使った場合もあったという。このカメラのおかげで、人間が近くにいないときにマンタがどのような行動をとっているのかを観察できるようになった。(参考記事:「【動画】マンタにカメラ装着、驚きの奇策とは」)
これほど深いところでマンタの求愛行動の映像が撮影されたのは初めてのことだ。論文は、10月20日付けで学術誌「Behaviour」に発表された。マンタの求愛は、数匹のオスがメスの後を追い、交尾相手として自分が最もふさわしいことをアピールする。列車のように一列に並んで泳ぐ様子は、「マンタトレイン」と呼ばれている。(参考記事:「【動画】奇妙でかわいい「ハリモグラ列車」」)
研究者たちは、26匹のマンタにクリッターカムを装着した。16匹はモルディブのナンヨウマンタ(Mobula alfredi)、10匹はメキシコのオニイトマキエイ(Mobula birostris)だ。今回の映像に映っていたのは、モルディブのラー環礁、水深25~67メートルの海で、4匹のナンヨウマンタが繰り広げていた求愛行動の場面だ。
非営利団体「マンタトラスト」のプロジェクトリーダーを務めたニコール・ペレティアー氏は、約40時間の映像を詳しく分析し、データを集めた。何度もビデオを止めたり、最初から見直したり、同じ部分を何度も再生したりして、フレームごとに注釈をつけていった。
マンタトレインの最深映像記録
今回の研究では、初めて見る深い海でのマンタの行動も記録されていた。たとえば、海底にへばりつくように泳ぐ行動だ。これは、捕食の危険を回避しようとしているか、海流の抵抗を減らそうとしているのかもしれない。あるいは地球磁場を利用した移動法ということも考えらえる。
しかしペレティアー氏は、マンタの視点からの求愛行動が見られたことが「これまでで一番の」収穫だったと話す。
南アフリカ、ケープタウン大学の海洋生物学者ミシェル・カーペンター氏は、この研究には参加していないが、「知能が非常に高く、複雑な生物であるマンタをめぐる謎をさらに解明するために」テクノロジーがいかに重要であるかを示した「驚くべき」発見だと、高く評価した。