この記事は雑誌ナショナル ジオグラフィック日本版2023年12月号に掲載された特集です。定期購読者の方のみすべてお読みいただけます。
イベリア半島最後のイスラム王朝による統治は250年に及んだ。その牙城となった有名なアルハンブラ宮殿を探訪する。
その男性はスペイン南部のグラナダに立つアルハンブラ宮殿とつながりが深い。
ヘスス・ベルムデスという名の彼は、この要塞で生まれ、城壁内で育った。20世紀半ばに彼の父親がアルハンブラ博物館の館長に就任し、一家は敷地内の住宅に引っ越した。アルハンブラ宮殿はベルムデスにとって「舞台」であり、そこで日々の生活を送り、遠い昔の伝説と歴史に夢中になり、尽きることのない愛情を育んでいったという。そして、イベリア半島に800年近く君臨したイスラム王国の栄華を伝えるこの宮殿で、彼は40年近くにわたって考古学者および管理者として務めを果たしてきた。
ベルムデスは、アルハンブラ宮殿の舞台裏ツアーの案内をしてもらうのに理想的な人物だ(公式ガイドブックも執筆している)。私たちは、4つある宮殿の入り口のうち最も大きい「裁きの門」から出発し、有名な中庭や塔の数々だけではなく、通常は見学できない、事実と伝説が混ざり合う奥まった場所も訪れた。アルハンブラでは現在も研究者による考古学調査や修復作業が続いている。なかには20年近くに及ぶ修復を最近になって終えた美術品もある。
「アルハンブラは宮殿都市です」とベルムデスは話す。「国家元首の地所であり、軍の兵舎が並び、洗練された街が栄え、250年間にいくつもの宮殿が建てられました」。1238年にムハンマド1世が建設を開始した要塞アルカサバは素朴な建築物だったが、その後のナスル朝の様式に合わせて壮麗な宮殿群が登場した。
アルハンブラ宮殿はイベリア半島におけるイスラム勢力最後の牙城だったが、1492年、ナスル朝は滅亡。打倒したのは、カスティーリャ王女イサベルとアラゴン王子フェルナンドの結婚によって統一されたスペイン王国だった。
ナスル朝は、グラナダ王国を統治した254年間、現在のアンダルシア地方に当たる領土を治めていた。当時は「アル・アンダルス」と呼ばれていたイベリア半島のイスラム支配地域で、グラナダ王国は美と洗練の極致ともいうべき建築物を残した。