この記事は雑誌ナショナル ジオグラフィック日本版2024年3月号に掲載された特集です。定期購読者の方のみすべてお読みいただけます。
ブチハイエナが圧倒的な個体数を誇れるのは雌が主導権を握っているからなのかもしれない。
サバンナの空に雷雲が垂れ込める。ケニア南西部に広がるマサイマラ国立保護区で、ブチハイエナの子たちが湿った草の上を転げ回って遊んでいる。近くに寝そべっている母親は、子たちより体の大きい1歳のハイエナが遊びの輪に入らないよう、時々身を起こして牽制(けんせい)している。そのハイエナが再び近づこうとすると、群れの上位に位置する母親の合図に気づいた子の一頭が、小さな体で精いっぱい、威嚇のポーズをとった。滑稽な行動だが、どちらも自分の地位を心得ていて、体は大きいが序列は低い1歳のハイエナは足を止め、頭を下げてすごすごと去っていく。
これは写真家のジェン・ガイトンが赤外線カメラで撮った光景だ。赤外線撮影では、ハイエナの夜間の行動を詳しく観察でき、興味深い社会構造の一端をのぞける。ブチハイエナの社会には厳しい上下関係があり、母親の地位を子がそのまま受け継ぐ。ブチハイエナがアフリカの大型肉食動物のなかで最大の個体数を誇れるのは、雌が主導権を握り、その序列がすべての母系制社会を形成しているからだ。
ハイエナの行動にまつわるこうした洞察は、米ミシガン州立大学の「マラ・ハイエナ・プロジェクト」の創始者である35歳の研究者、ケイ・ホールカンプの現地調査の成果にほかならない。「2年だけ滞在するつもりだったのですが、はまってしまったんです」と彼女は話す。
ハイエナにはまった? たいていの人はハイエナと聞くだけで顔をしかめる。古代ギリシャの哲学者アリストテレスが「腐った肉を異常に好む」動物と記し、アフリカ各地では、邪悪で貪欲、呪術や通常とは異なる性欲と結びついた動物と見なされている。1994年制作のディズニー・アニメ『ライオン・キング』でさえ、ハイエナを腹黒い悪者に仕立てているほどだ。
アフリカには、カッショク、シマ、ブチ、アードウルフの4種のハイエナが生息しているが、なかでもブチハイエナが最も悪名高い。人間との距離が近過ぎることも嫌われる要因かもしれない。「ネズミ、ゴキブリ、コヨーテはまったく違う生き物ですが、共通するのは、人間と出合う機会が多いことです」。そう語るのは、米カリフォルニア大学バークレー校の肉食動物専門の生態学者で、ケニアのナクル湖国立公園でハイエナの調査をしているクリスティン・ウィルキンソンだ。ナショナル ジオグラフィックのエクスプローラーでもある彼女は「一番嫌われるのは往々にして人間の生活圏にいる動物、つまりは雑食性で適応力が高い動物なんです」と言う。
野生の王国にどの動物が君臨し、どうやって王位に就くのか――その仕組みについての私たちの理解は、ウィルキンソンやホールカンプらがブチハイエナの生態と行動を明らかにするにつれて、次々と覆されつつある。