この記事は雑誌ナショナル ジオグラフィック日本版2024年4月号に掲載された特集です。定期購読者の方のみすべてお読みいただけます。
太古の昔から地球上の生命にとって欠かせない存在となってきた菌類。私たちの体内にも、身の回りにも潜むが、その重要な役割の多くはまだ解明されていない。キノコやカビ、酵母が秘めた独特な世界を探検する。
植物、動物、菌類
菌類は分類学上、植物とも動物とも違う界である「菌界」を形成していると考えられている。私たちが知る地球上の植物や動物の多くが菌類なしでは存在できない。
たとえば、菌根菌と呼ばれる菌類は、少なくとも4億年前から植物の陸上進出を助けてきた。そこにはごく基本的な取引がある。菌類はさまざまな動植物と共生関係を結んで養分を吸収し、分布域を広げていくのだ。現代の大半の植物では、根にすみ着いた菌類が、光合成の産物である糖を分けてもらう代わりに、水と必須の栄養分を供給して植物の生育を助けている。
酵母からカビやキノコまで、菌類は実に多様な姿をとるが、驚くのはそれだけではない。菌類の種の数は植物や脊椎動物に比べて桁外れに多いのだ。500万種前後にのぼるとみられているが、その9割ほどはまだ正式に記載されていない。空気中にも水中にも、私たちの皮膚の上や体内にもいるが、生態系のバランスを保つうえで菌類が果たす重要な役割については解明されていないことだらけだ。
「菌類を見ていると、ある生命が終わるときでさえも、新しい生命が生まれることが実感できます」。生物の生活環における菌類の重要な役割をそう語るのは、米ハーバード大学の准研究員でナショナル ジオグラフィックのエクスプローラーでもあるジュリアナ・フルチだ。フルチはNGO「菌類財団」の創設者として14年間、自然保護政策に菌類も含めるよう関連機関に率先して働きかけてきた。
フルチが菌類学に目覚めたのは、チリの大学生時代。調査旅行中に目を引くオレンジ色のキノコを見つけたことがきっかけだった。調べてみると、チリではキノコのフィールドガイドが出版されていないばかりか、大学でも菌類学の講義はまったく行われていなかった。彼女はそんな状況を変えようと思い、以後チリ原産の菌類を記録し続けてきた。
今では、菌類相（ある地域に生息する菌類の構成を意味する用語）も植物相や動物相と同様に、研究助成や生物多様性保護の対象にすべきだと、何十人もの菌類学者が声を上げている。一方で、ドキュメンタリー映画『素晴らしき、きのこの世界』に出演したポール・スタメッツ、ベストセラー『菌類が世界を救う』の著者マーリン・シェルドレイクら、著名な菌類学者が、秘められた菌類の世界がもたらす恩恵や驚異を広く伝えてきた。
メキシコの環境天然資源省、タイの国立バイオバンク、イタリアの環境保護研究所など、各国の組織が国内の保護政策の対象に菌類相を加えるように求めている。ナショナル ジオグラフィック協会も最近、菌類の研究を助成対象に含め、次世代のエクスプローラーにさらなる探求の機会を与えている。
この特集では、私たちの生活にとって、こうした試みがとても重要である理由を明らかにしていく。新たな環境に入り込んだ菌類は、地球温暖化が進み、変わりゆく世界で何をすべきかを教えてくれる。私たちの体内にすむ多様な菌類は、がんなど命に関わる疾患の広がりについて新たな洞察（そして治療に関するいくつかのヒント）をもたらしてくれる。さらには、より環境にやさしいファッションの素材として菌糸体を活用する方法など、今や世界では菌類について誰も想像したことがないほど大規模な実験が進んでいる。
未来は菌類にある。今こそ、その秘められた可能性を探る時だ。――ニック・マーティン
おすすめ関連書籍
