砂漠にできたファッションの墓場

なぜ、南米チリは世界のアパレル産業の廃棄物処分場になったのか

2024.03.29
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病院で働きながら学校に通うフランシスコ・アンヘルは、アタカマ砂漠の衣類の山から売れそうなものを探して副収入を得ている。イキケの自由貿易港には毎週、古着の積み荷が届く。一部はリサイクル業者が買い取るが、何トンもの衣料廃棄物がこの砂漠にたどり着く。(PHOTOGRAPH BY TAMARA MERINO)
病院で働きながら学校に通うフランシスコ・アンヘルは、アタカマ砂漠の衣類の山から売れそうなものを探して副収入を得ている。イキケの自由貿易港には毎週、古着の積み荷が届く。一部はリサイクル業者が買い取るが、何トンもの衣料廃棄物がこの砂漠にたどり着く。(PHOTOGRAPH BY TAMARA MERINO)

この記事は雑誌ナショナル ジオグラフィック日本版2024年4月号に掲載された特集です。定期購読者の方のみすべてお読みいただけます。

世界中で愛されている数々のブランドの服がチリのアタカマ砂漠に大量に捨てられている。その背景にあるファッションの物語を追った。

 アンデス山脈と太平洋に挟まれたチリ北部のアタカマ砂漠には、赤みがかったオレンジ色の岩山と峡谷が果てしなく広がっている。ここは地球上で最も乾いた砂漠の一つで、天文ファンが一度は訪れたいと憧れる、美しくさえわたった星空が見られる場所だ。

 だがアタカマ砂漠には、とても美しいとはいえない一面もある。ここは世界中から捨てられた衣類が集まる“ごみ捨て場”なのだ。衣料廃棄物が急増したのは、「ファスト・ファッション」として知られる安価な衣料品の大量生産が急速に進んだことが背景にある。衣料廃棄物の量は、国連が「環境と社会の緊急事態」と呼ぶレベルに達している。“蛇口”を閉めて、その流れを止めることが課題だ。

 2000〜14年の間に、衣料品の生産量は2倍に、消費者の購入量は6割増えたが、着用期間は半分に減った。製造から1年以内に処分場や焼却炉に行き着く衣類は、全体の5分の3と推定される。毎秒、トラック1台分の古着が、廃棄または焼却されていることになる。

 処分施設の大半は南アジアかアフリカにあり、どの国も受け入れた量を処理しきれない状態だ。ガーナの首都アクラの郊外にある埋め立て地には、高さ20メートルにもなる廃棄物の山があるが、その6割が衣類といわれており、危機的状況の象徴として世界的に知られている。

 チリ北部の光景は、あるオンライン動画で「ファッションごみベルト」と呼ばれている。海の漂流ごみが集中する「太平洋ごみベルト」の陸上版という意味だ。アルト・ホスピシオという人口12万人の貧しい都市の郊外には、さまざまなブランドのラベルが付いた衣料廃棄物の巨大な山が、見渡す限り広がっている。

 衣類の山の画像がインターネット上で拡散されると、多くのチリ人は啞然(あぜん)とした。「この国が、先進国の服のごみ捨て場になりつつあると思うと、ショックでした」と話すのは、循環経済の実践を目指す企業の取締役を務めるフランクリン・セペダだ。だが、南米の一国が世界のアパレル産業の廃棄物処分場となった経緯には、目まぐるしく変わるファッションのトレンドだけでなく、グローバル化と貿易の問題が深く関わっている。

投棄された古着の山には古い靴も含まれている。チリ北部で増え続ける衣料廃棄物の問題は、安価なファッション製品の大量生産と世界貿易の仕組みが背景にあると指摘されている。(PHOTOGRAPH BY TAMARA MERINO)
投棄された古着の山には古い靴も含まれている。チリ北部で増え続ける衣料廃棄物の問題は、安価なファッション製品の大量生産と世界貿易の仕組みが背景にあると指摘されている。(PHOTOGRAPH BY TAMARA MERINO)

自由貿易の功罪

 しかし、チリの人口集中地区から1600キロ近くも離れた砂漠地帯に、どうやってファスト・ファッションのごみがたどり着くのだろう。一見、不思議だが、実はアタカマ砂漠の西端にあるイキケという沿岸都市には、南米最大級の自由貿易港があり、そこにヨーロッパやアジア、南北米大陸から、毎年、数百万トン単位の衣類が送られてくるのだ。チリの通関統計によると、2023年の合計は4600万トンだった。

 自由貿易港では、輸入品に関税や手数料がかからない。再輸出品にも同様の措置がとられることが多く、経済活動を促す一助となる。イキケの自由貿易港は、雇用の創出と低迷する地元経済の活性化を図るため、1975年に開設された。チリは世界最大級の古着輸入国となり、イキケを一変させ、ファスト・ファッションの爆発的拡大に伴って、輸入量も激増した。

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