アメリカシロヅル、大きな翼で遠くの空を目指して

毎年8000キロ近くも北米を縦断

2024.03.29
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米国ネブラスカ州の雨水がたまってできる湿地にアメリカシロヅルたちが到着し、夜を過ごす。(PHOTOGRAPH BY MICHAEL FORSBERG)
米国ネブラスカ州の雨水がたまってできる湿地にアメリカシロヅルたちが到着し、夜を過ごす。(PHOTOGRAPH BY MICHAEL FORSBERG)

この記事は雑誌ナショナル ジオグラフィック日本版2024年4月号に掲載された特集です。定期購読者の方のみすべてお読みいただけます。

野生のアメリカシロヅルは、毎年8000キロ近くも北米を縦断しなければならない。そのうちの1羽である「15J」の、初めての命を懸けた渡りを追いかけた。

 それは、ヘリコプターで上空250メートルを飛んでいるときのことだった。カナダのウッド・バッファロー国立公園を囲む北方針葉樹林の上空で、科学者チームの一人が大声で叫んだ。「9時の方向に鳥がいる!」

 操縦士のポール・スプリングが左に旋回しようと機体を傾けると、地平線まで続く無数の池の一つが、よりはっきりと見えるようになった。湿地の真ん中に見える二つの小さな白い点は、実は体高が約1.5メートルもある鳥だ。

「幼鳥がいるぞ」と、カナダ環境・気候変動省(ECCC)の野生生物学者ジョン・コンキンが言う。彼が双眼鏡を向けた先では、親鳥たちよりもわずかに体高が低い赤茶色の鳥が、脚を高く上げながら湿地を歩いていた。

カナダのウッド・バッファロー国立公園で、アメリカシロヅルの幼鳥(中央)とその両親が、脚を高く上げて湿地帯の中を通り抜けて行く。(PHOTOGRAPH BY MICHAEL FORSBERG)<br><br>ウッド・バッファロー国立公園内で、カナダ国立公園局の許可を得て撮影。
カナダのウッド・バッファロー国立公園で、アメリカシロヅルの幼鳥(中央)とその両親が、脚を高く上げて湿地帯の中を通り抜けて行く。(PHOTOGRAPH BY MICHAEL FORSBERG)

ウッド・バッファロー国立公園内で、カナダ国立公園局の許可を得て撮影。

 スプリングがヘリコプターを着陸させる。コンキンと、ECCCの同僚の生態学者マーク・ビドウェル、米国地質調査所の生物学者デイブ・ブラント、カナダの野生生物の獣医サンディ・ブラックが、急いでヘリから降りた。

 彼らのお目当ては、野生のアメリカシロヅルの幼鳥だ。ぬかるみや生い茂るイバラを楽々と横ぎる幼鳥は捕まえるのが難しいが、見つけて捕獲するための持ち時間はわずか12分。それ以上長引くと、鳥に過度のストレスを与えるため、追跡を切り上げなければならない。

 研究者たちが茂みに分け入ると、スプリングと私は空から支援するため、離陸して高度150メートルまで急上昇した。人間の接近を察知した親鳥たちは、先端が黒い巨大な翼を羽ばたかせて飛び去った。「幼鳥を見つけたぞ」というスプリングの声は、トランシーバーを通じて研究者たちにも伝わる。「ヘリの真下にいる!」

 地上のチームはぬかるみに足を取られまいと、懸命に下生えを駆け抜けた。コンキンは慣れた身のこなしで幼鳥に近づき、くちばし、頭部、脚を押さえ込むと、注意深く脇に抱えた。

 6分36秒で幼鳥を確保。次はより技術的な作業に移る。研究者たちは汗だくで息を切らしながら、道具を取り出した。ベテラン生物学者のブラントが幼鳥を膝の上に乗せ、コンキンに指示して、鳥の片脚に発信器を、もう片方の脚に青、黄、緑の足環を付けさせる。

 その間に、獣医のブラックが身体検査を行い、幼鳥の目を調べ、体の状態をチェックする。血液や羽根、唾液、糞(ふん)などの生物学的試料を採取するのは、研究室で分析し、性別や、有害な化学物質にさらされていたり、高病原性鳥インフルエンザ(HPAI)などの病気にかかっていたりしないかを明らかにするためだ。続いてビドウェルの手を借りて幼鳥にハーネスを付け、つり下げ式のはかりで体重を量った。

 作業が終わると、ブラントが幼鳥を抱きかかえて湿地の端へと運び、そっと下ろす。現在私たちが「15J」と呼んでいるその幼鳥は、逆方向に逃げていった。立ち止まって羽毛を逆立てたり、付けられた足環を気にして振ったりした後、湿地にいる親鳥と再会した。

驚きの大きさ
驚きの大きさ
アメリカシロヅルは、北米で最も体高の高い鳥だ。(NGM STAFF. 出典: INTERNATIONAL CRANE FOUNDATION)

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