この記事は雑誌ナショナル ジオグラフィック日本版2024年4月号に掲載された特集です。定期購読者の方のみすべてお読みいただけます。
埋もれていた古代ローマ時代のシナゴーグ(ユダヤ教の会堂)から巧妙に作られたモザイク画がいくつも発見された。そこに描かれた場面は、長く信じられてきた古代ユダヤ人に関する物語を覆すようなものだった。
考古学者のジョディ・マグネスは、何が見つかるのだろうかと確信をもてないまま、ガリラヤ湖を見下ろす日当たりの良い丘を登っていった。2010年夏のことだ。イスラエル北東部に位置するこの地にはかつて、フコックと呼ばれる古代ユダヤ人の村があったが、そのとき彼女の目に映ったのは、数百年前に建てられた石造りの建物の残骸や比較的新しいがれき、そして咲き乱れるノハラガラシの黄色い花だけだった。
米ノースカロライナ大学チャペルヒル校の初期ユダヤ教の教授で、ナショナル ジオグラフィックのエクスプローラーであるマグネスは、イスラエルでの発掘調査を何年も指揮していて、この丘も調べる価値があると思っていた。フコックの発掘を始めて2シーズン目の11年夏、発掘チームは地下約2メートルに石の壁があることを突きとめた。それは、正面玄関がエルサレムの方角を向いているなどの特徴から、1600年ほど前に建設されたシナゴーグ(ユダヤ教の会堂)の周縁部分だと考えられた。当時の同様の建物では、床に板状の石を敷くのが一般的だったが、掘り進めていくと、「テッセラ」と呼ばれるモザイク画に使われる小さな石が次々と出てきた。重要な何かが、地中に眠っているに違いなかった。
2012年6月、チームの一員だったブライアン・ボザングが担当区画の土を慎重に取り除いていると、何か硬いものをこすった感触があって、すぐにマグネスに知らせた。彼女が残っている土をブラシで払った瞬間、二人は息をのんだ。テッセラで緻密に描かれた女性の顔が床から自分たちを見上げていたのだ。
それから10年間、マグネスは夏ごとに専門家チームと学生ボランティアを伴ってフコックに戻った。すべてのモザイク画の保存が、プロジェクトの目的に加わった。発掘が進むと、シナゴーグは奥行きが約20メートル、幅が約15メートルであることが判明した。その床は熟練の職人によるモザイク画で全面が覆われていたが、無傷だったのはおよそ半分だけだった。